日記:甲子園の黒星
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  先日、高校野球の話を書きましたが、大事件が起こりましたね。
  高知県代表の明徳義塾高校の出場辞退です。戦後最多となる8年連続の出場回数はフイになり、組み合わせ抽選会後の出場辞退は史上初だそうで、ブラックな記録づくめな話です。
  今回の件の真偽については、詳しく分らないのでなんとも言えません。そこで、私の好きな歴史の話に持っていってしまいましょう。

  明徳義塾高校といえば、アレですね。松井秀喜選手への五打席連続敬遠作戦。物議を醸し出して社会現象になりましたね。
批判派「高校球児としてけしからぬ暴挙でアル!」
擁護派「いやそもそも松井が高校球児を超えた化け物(失礼)だからアリな作戦でアル!」
  議論の応酬はさておいて。私の記憶に残っているのは試合後の、当事者松井のインタビューです。うろおぼえですが、「野球のルールですから仕方ないです。悔いはないです」というようなことを涙を堪えて語っていました。非難めいた言葉は、ニュアンスも含めてなかったように記憶しています。
  私が松井であったら(アルわけが絶対にナイのですが)「とんだチキンハート野郎に当たったオレッチの不運ですわ。まあ、奴は今後もチキンとして十字架を背負って地べたを生きていくことでしょうね、ニワトリ男ってやつだな(藁)」くらい言ってしまいそうです。

  そして明徳義塾高校といえば、コレもありますね。
  横浜高校vsPL学園延長十七回の死闘の翌日の準決勝。前日の試合で、球数160球を超えた松坂投手は、とても登板できる状態ではなく、控えのピッチャーと明徳打線の対決でした。
  明徳はたしか7-0くらいで余裕しゃくしゃくの勝利目前だったところに、横浜打線が八回に4点返して、7-4まで迫られました。九回表は、甲子園最後の記念登板ということで、松坂がマウンドに上がり、三者凡退に抑えました。そして九回の裏。松坂の力投に奮起した横浜打線、打ちに打ち4点を入れて、結局横浜高校の8-7の大逆転勝利と相成りました。その翌日の決勝戦では、怪物松坂くんはノーヒットノーランを達成し、「松坂の夏」と呼ばれる甲子園でしたが、これは余談です。

  と、数々の局面でヒールとして、あるいは引き立て役として名前を全国区にしてきた明徳義塾高校。今回の事件に関係のない選手(土佐のおかわり君もかな?)には同情しますが、どうも良くない星の下にあるようです。

p.s.
急遽出場が決まった高知高校。
是非とも、旋風を起こすべく頑張って欲しいです。
地元高知の選手が多く、親近感が湧くのではないでしょうか?
心配なのは白球の夏が終わり、「自転車で日本一周してくる」と言い残して出かけてしまった、
主力レギュラー選手の一人に連絡がつかないことです。なんとか、事情を小耳に挟んで駆けつけてくださいね。
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by keroyaning | 2005-08-05 19:39
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