書評:飯嶋和一「始祖鳥記」~子供心に乾杯!
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  舞台は江戸天明。
  童心の物語である。鳥のように空を自由に、遠くに飛びたい、という一念で巨大な凧を作りあげ、屋根から飛ぶ主人公幸吉。彼の行動は、彼自身の思惑から一人歩きを始め、周囲の人々にさまざまな波紋を投げかける。
  悪政、飢饉にあえぐ民衆は、悪政への世直し行動であると認識し、幸吉を英雄に祭り上げる。また、彼の行動を伝え聞いた脇役の一人は、ぬるま湯に浸かりきった自分の人生を反省し、危険を覚悟で新しい道に飛び出していく。その様は、次のように表現される。

>久しぶりに力に満ちた真人と出会った。
>力に満ちているというのは、危機に瀕していながら
>それを撥ねのけるだけの気力を失っていない者の様を指す。
>既に備えた力に安住している者には、単に醜さしか感じない。まさに己がそれなのだ。

  主人公の「童心」に発した行動が、人々に良かれ悪しかれ伝播波及していく。童心が流転していくのである。そして、諸々の事情故に、「童心」を封印して市井で堅実に暮らす彼は、かつて童心を与えた人物から封印されていた「童心」を与えられる。童心転生である。童心を心に秘めた人間がもちろん主人公である。しかし、これは「童心」といういわば魔物の物語なのである。
  再び童心を与えられた主人公幸吉の運命や如何に?・・・あとは本書を読んで堪能することをお勧めする。

  時代小説である。
  新旧の売れっ子作家が新規参入して戦国時代の様相を呈している流行の小説ジャンルである。だがしかし、その根源的魅力については勉強不足の門外漢であり、語る資格がないゆえに触れない。
  本書に限って述べるならば、豊かな表現に裏打ちされた薀蓄に魅了される。江戸は天明期の社会経済史の詳述、とりわけ勃興する海運業の明と暗、そして内陸奥地における「塩」の重要性。陳腐な言い分であるが、二十四時間いつでも、コンビニにて伯方の塩なんぞが簡単に手に入る現代の生活。実は、歴史的にみると奇妙な状況なのだ、ということが再認識される。

  そして、人情小説でもある。
  魅力溢れる人物造形で彩られた主人公・脇役たち。彼らは古き良き儒教道徳を心根に持ち、自らを律することはもちろん、他者への眼差しは優しい。「自らを律して、他者への暖かい視線」。うん?これは、あのハードボイルドの世界ではないか。そもそもハードボイルドとは、(以下略)。

  私を含めて、「童心」と「自律」を忘れてしまった現代人。
  なにはさておき、ハートウォーミングな人々が闊歩勇躍する本書を読んでみよう!

p.s.
以前、飯嶋和一については、
「汝 ふたたび故郷へ帰れず」についても感想文を書きました。
その時は、ジャブ文体一本勝負の直情直径について語りましたが、
本作は、「この小説を書くために作家になった」と作者が述べるだけあり奥が深いです。

p.s.
本書(文庫本)の解説で、北上次郎が述べています。
>変化を求めず、このままでいいと考えている人間には、
>とても危険な小説といっていい。
・・・我が身を省みて、身が引き締まる思いにとらわれた私です・・・。
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by keroyaning | 2005-08-20 11:02
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