書評:倉知淳「猫丸先輩の空論」~日常ミステリ試論
  朝晩涼しく、秋めいて来ましたね。
  日が沈むのも早く、秋の夜長という言葉がしみじみと感じられます。夜長の友に読書はピッタリですので、今日は、軽い読み物を御紹介しましょう。軽い読み物を複雑怪奇に解釈すると、こういう感想文になる、という一例でもあります。

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c0072240_794818.jpg  「日常ミステリ」を集めた短編集である。
  孤立無援なる絶海の孤島や不吉な伝説が語り継がれる隔絶された山村を舞台に、凄惨な連続殺人事件が起こるわけではない。日常生活を送る中で、「ああ、こんなこと、ありそうだなあ!」と、読者が思い浮かべる、いわば親近感溢れる謎が提示されるのだ。

  「日常ミステリ」の系譜について考えてみる。折りしもミステリ人気興隆の出版界。その状況で、日常ミステリは、殺人事件などが登場しないがゆえに、多様な読者層に売り込むことが可能である貴重な商品一品となり、各出版社が力を入れているジャンルになっている。
  
  しかしながら、歴史を紐解いてみると、東京創元社が仕掛けたミステリである。その誕生は、1989年まで遡ることになる。同年、北村薫が「空飛ぶ馬」で、覆面作家としてデビューした。語り手が女子大生であり、探偵役が落語家である設定から推測されるように、ほのぼのとした雰囲気の中で、日常の謎を解き明かす構成になっている。

  それから五年を経た1984年。倉知淳が、実質的なデビュー作「日曜の夜は出たくない」を上梓して、「連作短編」ブームの火蓋を切ることになる。連作短編。これも日常ミステリの一血脈として捉えることができる。
  連作短編とは、短編集の体裁を取り、各作品が独立した物語でありながら、一連の物語を読了した後に、全編を貫く一つの大きな謎が提示され、解明される趣向である。大きな謎の解明時には、各作品に散りばめられていた伏線が回収され、読者は改めて謎解きのカタルシスを味わうことができる。そういう意味で、連作短編は日常ミステリの系譜でありながら、進化した第二世代として捉えるべきかもしれない。

  さて、前置きが長くなったが本作品である。
  くだくだしく前述した「連作短編」集、ではない(えっ?って驚くのは待ってね)。6作の短編が収録されており、「水の入ったペットボトルがベランダに放置されるのはなぜか?」、「スイカ割り大会を控えてスイカが割られていたのはなぜか?」というような謎が提示される。
  秀逸なのは、各短編の語り手が男子高校生、スナックに通う若い会社員、女子大学生等々と巧みに書き分けられている点である。いずれの語り手もそのTPOに合わせて思考し行動する。キャラクタを描かせたら、他の追随を許さない倉知の真骨頂である。
  語り手が多種多様でありながら、探偵役は語り手以上にキャラクタ豊かな猫丸なる人物である。我々の日常生活で起こり得る「なぜか?」に対して、彼が一つの解釈を与える。
  注意して欲しいのは、”解明”ではなく、”解釈を与える=意味付けを行う”ということである。謎の周縁情報を採取して、唯一絶対の真理に到達するわけではないのだ。読者にも等しく提示される手がかりを帰納法的に解析して、一つの解に至るという方法論は共通している。ただし、手がかりを咀嚼して、「一つの可能性として、こういう事情だったのではないのかな?」という解を与え、「もちろん他の可能性があるかもしれないよ!」という留保を残す。

  長々と述べたが、本作品(及び本作に先立つ「猫丸先輩の推測」からなる本シリーズ)は、多重解決モノなのである。倉知淳は、日常ミステリのパラダイムにおいて、「連作短編」モノの先陣を切り、今、「多重解決」モノの新境地を開こうとしているのだ。次なる境地は何処なのか、パラダイムから脱却するのか、注目の作家である。

p.s.
カバー写真を載せましたが、
メルヘンチックな装丁になっています。
三十路過ぎの男が小脇に抱えるには不向きであり、
後ろ指を差されて変態扱いされるのは困るので、カバーを外して読みました。

p.s.
倉知淳は本文に述べましたように、
短編で新境地を開く作家ですが、畢生の大作も書いています。
「過ぎ行く風はみどり色」(創元推理文庫)。
アクロバティックな真相に加えて、心温まる家族の物語。お勧めですよ。


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by keroyaning | 2005-10-05 07:08 | 書評
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