書評:原尞「愚か者死すべし」~ハードボイルドの極致を堪能しようぜ!
c0072240_18275941.jpg  原尞、9年ぶりの新作である。「新シリーズ」と銘打たれているが、活躍するのは、おなじみの探偵沢崎。
  「愚か者死すべし」って大上段に振りかざしたタイトルだが、お前さん、まだ生きていたの?私は、追っかけ読者であり、新作を待ち焦がれて悶絶していたよ。てっきり新作はもう出ないかな?って諦めていたよ。愚か者は、お前の方だぜ!原尞さんよお!!でも、新作が読めるなんて、涙が出るほど嬉しいよ。


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  さて、冗談と涙は置いておこう。
  ハードボイルドである。いや、ハードボイルドの教科書、あるいは極致である。その所以は後ほど述べることにして、まずは9年ぶりに触れる原尞節を堪能しよう。

ドアを開けたとき、どこかに挟んであった二つ折りの薄茶色のメモ用紙が、翅を動かすのも面倒くさくなった厭世主義の蛾のように落ちてきた。およそ十四時間後には、ドアの色あせたペンキの看板を塗りなおそうと思いたってから、七度目の新しい年がくる。

  よし、出足快調であるな。「厭世主義の蛾」だぜ!およそ読み返さなければ、状況を把握出来ない七度目の新しい年だぜ!!まったくツカミから、脳天貫かれましたね。

  ハードボイルドの教科書である。定型をしっかりと堅守しているという意味合いでお手本たる教科書なのだ。誤解があってはいけないので、補足しよう。旧態依然としているわけではない。定型の枠内で、より純度を高めたハードボイルドを構築しているのである。
ところで、定型とは何か?箇条書きで挙げてみよう。

Ⅰ.探偵には守るべき信念・矜恃があり譲らない。

Ⅱ.探偵が巻き込まれて事件が始まる。

Ⅲ.探偵が巨大組織に対峙して孤軍奮闘する。

Ⅳ.強者の後ろ盾はあるが、それに頼らない。

Ⅴ.人情話が盛り込まれている。

Ⅵ.たった一つの隠された事実が明かされた時、物語の景色が一変する。

Ⅶ.目障りなほどに華麗な修飾語が駆使される。


  ちょうど七つなので、これをハードボイルドの七箇条と呼ぶ事にしよう。Ⅰ.からⅤ.は言い尽くされて久しい。本作ももちろん遵守している。本作で特筆すべきなのは、Ⅵ.である。まさにたった一つの事実が正体を明かした時、小説世界は一変して、読者はとろけるようなカタルシスを感じることになるのだ。もちろんそれが何かは、指が裂けても書けない。だが、物語の助走で、既に提示されていることは示唆しておこう。

  さてⅦ.である。華麗な修飾語は、ハードボイルドに限らず、小説の魅力が凝縮され浮力を与える心臓である。空中に浮かぶラピュタで言うならば、飛行石のような存在である(注1)。村上春樹を(注2)リスペクトするチルドレンが多用して、浮上せずして沈没してしまっている現状からも分るとおり、危うい諸刃の剣でもある。先に引用した原尞節も切り立つ山のナイフリッジを渡るバランスに辛くも成立している。引用を読んだ本稿の読者諸氏は、嫌悪感を抱かなかっただろうか?厭世主義の蛾。笑ってしまいはしなかっただろうか?
  しかし、原尞は唐突な比喩の回収に余念がない。もともとこの引用は、偽特効薬を暴くために侵入捜査を終えて病院を後にして、事務所に帰還した時に提示される。そして、その回収は見事だ。

彼らの釣り糸の先にぶらさがっていた法外な値段の疑似餌は、患者にとっては一縷の希望になっていたかもしれないということだった。病院が人間の命にできることはあまりないが、もっとも手際がいいのはそれに値札をつけることだ。

  自分の行為の是非について疑念を抱き、疲れ切って帰還した主人公。その内面を蛾に仮託して、読者に提示しているのである。ただ単純に、「翅を動かすのも面倒くさくなった厭世主義の蛾のように」と筆を運ぶのは簡単だ。しかし、そこに別の意味づけをリンクさせる。これが、まさしく天下一品、極上至極の原尞節なのである。

  さて、見事なまでに、Ⅶ.の修辞を基調として、Ⅵ.のトリックが物語を高みに導いた本作品。文句のつけようがない傑作である。だがしかし、ひとつだけ作者に注文を付けたい。あとがきに、
短時間で書けたことは、本作につづく新シリーズの第二作、第三作の早期の刊行をもって証明するつもりです。(中略)2004年 秋
と書いてある。で、現在2005年の秋。おい!新シリーズの第二作はどうなってんだよ!!

(本稿以上)

(注1):このような甘ったるい修飾的言辞が、すなわち失敗した好例である。

(注2):村上春樹が、カート・ヴォネガットの影響を受けたということは、数多く語られている。しかし、初期村上春樹に限定するならば、ハードボイルドの巨匠R・チャンドラーの影響が際立っている気がして仕方がない、偏屈な私です。


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どうもありがとう御座いました!!
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by keroyaning | 2005-11-03 18:29 | 書評
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