カテゴリ:書評( 26 )

書評:原尞「愚か者死すべし」~ハードボイルドの極致を堪能しようぜ!
c0072240_18275941.jpg  原尞、9年ぶりの新作である。「新シリーズ」と銘打たれているが、活躍するのは、おなじみの探偵沢崎。
  「愚か者死すべし」って大上段に振りかざしたタイトルだが、お前さん、まだ生きていたの?私は、追っかけ読者であり、新作を待ち焦がれて悶絶していたよ。てっきり新作はもう出ないかな?って諦めていたよ。愚か者は、お前の方だぜ!原尞さんよお!!でも、新作が読めるなんて、涙が出るほど嬉しいよ。


---

  さて、冗談と涙は置いておこう。
  ハードボイルドである。いや、ハードボイルドの教科書、あるいは極致である。その所以は後ほど述べることにして、まずは9年ぶりに触れる原尞節を堪能しよう。

ドアを開けたとき、どこかに挟んであった二つ折りの薄茶色のメモ用紙が、翅を動かすのも面倒くさくなった厭世主義の蛾のように落ちてきた。およそ十四時間後には、ドアの色あせたペンキの看板を塗りなおそうと思いたってから、七度目の新しい年がくる。

  よし、出足快調であるな。「厭世主義の蛾」だぜ!およそ読み返さなければ、状況を把握出来ない七度目の新しい年だぜ!!まったくツカミから、脳天貫かれましたね。

  ハードボイルドの教科書である。定型をしっかりと堅守しているという意味合いでお手本たる教科書なのだ。誤解があってはいけないので、補足しよう。旧態依然としているわけではない。定型の枠内で、より純度を高めたハードボイルドを構築しているのである。
ところで、定型とは何か?箇条書きで挙げてみよう。

Ⅰ.探偵には守るべき信念・矜恃があり譲らない。

Ⅱ.探偵が巻き込まれて事件が始まる。

Ⅲ.探偵が巨大組織に対峙して孤軍奮闘する。

Ⅳ.強者の後ろ盾はあるが、それに頼らない。

Ⅴ.人情話が盛り込まれている。

Ⅵ.たった一つの隠された事実が明かされた時、物語の景色が一変する。

Ⅶ.目障りなほどに華麗な修飾語が駆使される。


  ちょうど七つなので、これをハードボイルドの七箇条と呼ぶ事にしよう。Ⅰ.からⅤ.は言い尽くされて久しい。本作ももちろん遵守している。本作で特筆すべきなのは、Ⅵ.である。まさにたった一つの事実が正体を明かした時、小説世界は一変して、読者はとろけるようなカタルシスを感じることになるのだ。もちろんそれが何かは、指が裂けても書けない。だが、物語の助走で、既に提示されていることは示唆しておこう。

  さてⅦ.である。華麗な修飾語は、ハードボイルドに限らず、小説の魅力が凝縮され浮力を与える心臓である。空中に浮かぶラピュタで言うならば、飛行石のような存在である(注1)。村上春樹を(注2)リスペクトするチルドレンが多用して、浮上せずして沈没してしまっている現状からも分るとおり、危うい諸刃の剣でもある。先に引用した原尞節も切り立つ山のナイフリッジを渡るバランスに辛くも成立している。引用を読んだ本稿の読者諸氏は、嫌悪感を抱かなかっただろうか?厭世主義の蛾。笑ってしまいはしなかっただろうか?
  しかし、原尞は唐突な比喩の回収に余念がない。もともとこの引用は、偽特効薬を暴くために侵入捜査を終えて病院を後にして、事務所に帰還した時に提示される。そして、その回収は見事だ。

彼らの釣り糸の先にぶらさがっていた法外な値段の疑似餌は、患者にとっては一縷の希望になっていたかもしれないということだった。病院が人間の命にできることはあまりないが、もっとも手際がいいのはそれに値札をつけることだ。

  自分の行為の是非について疑念を抱き、疲れ切って帰還した主人公。その内面を蛾に仮託して、読者に提示しているのである。ただ単純に、「翅を動かすのも面倒くさくなった厭世主義の蛾のように」と筆を運ぶのは簡単だ。しかし、そこに別の意味づけをリンクさせる。これが、まさしく天下一品、極上至極の原尞節なのである。

  さて、見事なまでに、Ⅶ.の修辞を基調として、Ⅵ.のトリックが物語を高みに導いた本作品。文句のつけようがない傑作である。だがしかし、ひとつだけ作者に注文を付けたい。あとがきに、
短時間で書けたことは、本作につづく新シリーズの第二作、第三作の早期の刊行をもって証明するつもりです。(中略)2004年 秋
と書いてある。で、現在2005年の秋。おい!新シリーズの第二作はどうなってんだよ!!

(本稿以上)

(注1):このような甘ったるい修飾的言辞が、すなわち失敗した好例である。

(注2):村上春樹が、カート・ヴォネガットの影響を受けたということは、数多く語られている。しかし、初期村上春樹に限定するならば、ハードボイルドの巨匠R・チャンドラーの影響が際立っている気がして仕方がない、偏屈な私です。


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by keroyaning | 2005-11-03 18:29 | 書評

書評:谷甲州「ジャンキー・ジャンクション」~山の高みに何を見るか? 10月25日(火)
c0072240_6372290.jpg  山岳小説が嫌いだ。
  わざわざ小説家の手をわずらわせなくても、優れたノンフィクション(登攀記録も含む)や評伝が溢れかえっているジャンルだからだ。前者で言えば、小西政継「グランドジョラス北壁」でありラインホルト メスナー「ナンガ・パルバート単独行」である。後者であれば、佐瀬 稔「狼は帰らず―アルピニスト・森田勝の生と死」(注1)である。これらは一例であり、他にも優れた書が山ほど存在している。だから、屋上屋を架すに等しい山岳小説が嫌いなのである。


c0072240_638583.jpg  しかし、書店で平積みされている谷甲州「ジャンキー・ジャンクション」(ハヤカワ文庫)を視界の片隅に納めた私は、手に取らざるを得なかった(左の写真ね)。装丁の美しさ、「魂の在処を問う、山岳小説の傑作」という帯の惹句。手に取り、書き出しを読み始めたのは自然の理である。

  書き出しといえば、豊崎由美氏が、山田詠美のデビュー作の書き出しを評して、「山田詠美の握力は強い」と述べている(注2)。ところが、本書の著者である谷甲州も負けてはいないぞ。



マックスは北にむかう街道のかたわらで、パイプをふかしながら俺を待っていた。
それがはじめての出会いにもかかわらず、妙に人なつっこい眼をしていたのをおぼえている。


  この書き出しで、マックスと言う人物は飄々としてツカミどころがない人間であり、物語が進むにつれて、主人公である俺を困惑させるであろう存在であることが提示されている(注3)。また、書き出しではないが、マックスという名から、「マックスウェルの悪魔」を連想する主人公。読者に対して、これも示唆的である。
  また、散りばめられた謎の提示。主人公がたびたび見る、雪壁を滑落して「ロープを切るな!」と叫ぶ白昼夢の正体は?何故主人公のパートナーは、本来、装備を少なくするべきABCキャンプに山ほどの装備を運び上げたのか?烏合の衆である国際隊の本質はなんなのか?いずれも、サスペンスフルで不気味な謎であり、この謎がどのように回収されるのか、読者を惹き付けて止まない。

  ・・・とつかみはOKなのだが。終わり方は許せるにしても、中だるみが激しい。何回第一キャンプとABCキャンプを往復すればいいんだ?というか6000メートルを超えてそんなに軽々と行き来できるのかよ?そんな高所で殴り合いのケンカをするか?挙句は滑落してしまうし・・・。求道的なヒマラヤ登山譚が、ドタバタなスラップスティックになってしまうのが残念。

  そういうわけで、山岳小説の高みは、まだまだ先である。

  「小説は現実より奇なり!」な畢生の山岳小説が誕生することを期待している私です。

(注1)
同書をパクった小説が、柴田錬三郎賞を受賞しているのには驚きました。いや、その小説は面白いんですけど、なんか問題にならなかったのかなあ、って不思議に思います。

(注2)
山田詠美「PAY DAY!!!」(新潮文庫)の解説にて。

(注3)
前述(注2)での豊崎由美氏の視点を本書に照らし合わせた表現です。

(本稿以上)


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by keroyaning | 2005-10-25 06:28 | 書評

not書評:山田正紀「ミステリオペラ」~僕の右手を知りませんか?  10月22日(土)
c0072240_7471061.gif注意!
本を愛する「愛書家」の方には、噴飯物かもしれませんので、ご注意ください。


c0072240_7474436.jpg  山田正紀「ミステリオペラ」。後述する理由でまだ読み終えていないので、本エントリーは書評ではありません。「第二次大戦中の中国大陸を舞台にしたミステリというか、探偵小説を彷彿させる衒学的な書物である」ということは、風の便りに聞いていたので、いよいよ文庫オチしたこのたび購入しました。上巻下巻の二分冊で発売されまして、左写真のように表紙カバーを合わせると立派な続き絵になる趣向ですね。

  ・・・唐突ではありますが、夏を席捲したクールビズも終わって、秋深くなってきましたね。Yシャーツだらりんな姿も許されなくなった哀しき会社員の私なので、ネクタイを首に巻かれ、上着も着用な古きよき定型化された姿に戻っています。さて、私は、ベビーカーを苦労して階段を運ぶ若奥さんがいたら、彼女の手を曳いて「大変でしょ!眠っている赤ちゃんが目を覚ますと可哀想ですよね、ウム。手を貸しますよ!」と臨機に対応出来るように鞄というものを基本的に持たず、常に両手を開放して置く人間です。困ったことにスーツ姿にリュックは格好悪い、と外見を気にするスタイリッシュな私でもあります。
  しかし、通勤電車内で死んだ魚の目をして虚空を眺めると言うのでは、脳みそが退化してしまいそうですよね。そこで、上着のポケットには常に文庫本を携えている・・・ということで、話は本の話に戻るわけです(ここまで長広舌を振るってきたのには、深い理由があります)。

  問題の本作品、上巻だけで結構な厚みがあり(正確な厚みは、後述する理由で不明ですが、下巻を計ったところ2.2㎝ありました)、上着のポケットに入らない。そこで、私は、著者と本に「ごめんよ!」と謝りながら、上巻をカッターナイフでぶった斬り、厚みが1㎝くらいになるように調整しました。

c0072240_748880.jpg  左がその写真です。かわいそうな姿になった本ですが、鬼のような私には、大変便利です。通勤時の携帯性については述べましたが、このくらいの厚さと重さになると、ごろ寝しながら読むのもまったく苦にならず、風呂に浸かりながら読むのにも都合がよいのです(なんかフヤケテいるのは湯気が当たったせいですね)。

  歴戦の兵という趣がしませんか?いや、「本という聖なるものに対してなんたる扱いであろうか!」と思われる方もいらっしゃるかもしれません(写真がいきなり目に飛び込んで来ないように長広舌を振るっていたのです)。

  ところが困ったことが起こりました。上巻前半を読んでいる途中で、あまりに面白かったので嬉嬉として下巻を購入して準備万端なのですが・・・。上巻の後半が無くなってしまったのですよ!!蛇の生殺し。盛り上がりも最高潮で、上の写真の右隅に傍線を引いているところがあるでしょ?そこはですね「量子力学の不確定性原理のことを思いつめていたようだ。全ての現象は観測する主体を抜きにしては存在しえない。」という一節の一部分なんですよ。嗚呼、この続きが読めない。天罰ですかね?

  不確定性原理。ミステリと大変相性が良いことは通説になっていますが、初出は、おそらく京極夏彦の作品(「姑獲鳥の夏」)だと思います。手元に無いので正確な引用ではないですが、「観察する行為、それ自体が観察する対象に影響を与えてしまうのだよ、関口くん」という魅力的な一節でしたね。

c0072240_7483088.jpg  京極夏彦といえば。先の大戦で、聖書、仏典ではなく小栗虫太郎「黒死館殺人事件」を行李に仕舞い従軍した若者も多くいたという話があります。もし私が、徴兵されて戦場に行かざるを得なくなったとしたら、手酷い扱いをしている左の書物を携えていきます。京極夏彦「鉄鼠の檻」。私のバイブルです。

  ミステリと民俗学の華麗なるコラボレーション。なんてチャチなものではなく、見事な結晶。この本については、また今度お話しますね。

(本稿以上)

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by keroyaning | 2005-10-22 22:51 | 書評

書評:山田詠美「PAY DAY!!!【ペイ・デイ!!!】」~喪失の存在
Pay day!!!
山田 詠美 / 新潮社
スコア選択: ★★★★★

ハートウォーミングだけど、考えさせられる物語。お勧めですYO!!


  ホラ話である。
  流行りの「奇譚」、あるいは横文字「トール・テイル」と言い換えても構わない。それほどまでに、懐かしさが満ち溢れ、涙腺を緩ませる温かい物語なのだ。すなわち、現実世界においては、「絶対にありえないだろ!おいっ!」と、猜疑心が芽生える故に、まったくもってのホラ話なのである。

  あらすじをなぞってみよう。両親の離婚に伴い、離れ離れに暮らすことになった双子の兄妹。兄ハーモニーは父親家族とアメリカ南部で、妹ロビンは母親とマンハッタンで暮らすことになる。しかし、二人の母親は、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件に巻き込まれ、行方不明になってしまう。ロビンは、父、伯父、祖母(そして兄)たち家族と新しい暮らしを始める。彼ら家族は、キャラクター豊かな人物である。
  中でも「男はつらいよ」のフーテンの寅を彷彿させる伯父。飲んだくれだが、どこか愛らしく憎めないところがあり、思春期の悩み多き双子の良き相談相手である。物語は、そんな善き家族に囲まれた双子たちの恋愛模様が、縦糸、横糸に織り込まれて、良質の青春小説として展開していく。
  
  しかし、拭うことの出来ない通奏低音として、母の「不在」が鳴り響き、影を落とす。「喪失の存在感」である。例として、ハーモニーがロビンを新天地で迎えるに際して、ギターを弾き語る場面を引用してみよう。

ココニイナイ。ハーモニーは、ロビンの言葉を反芻した。ココニイナイ。ここにいない人のために、多くの歌が作られて来た。(中略)触れることの出来なくなった人。見ることが叶わなくなったもの。嗅ぐことの許されない匂い。鼓膜を震わせてくれない声。失ったキスの味。喪失の思いは過去を抱き締め、人を歌わせる。 

  ココニイナイ喪失感が、人々を導き、創造へ駆り立てる。喪失の存在感は、物語の最後で再び語られる。

母が死んだおかげで。そう、母の死がなかったら、自分たち家族は、こんなにも急速に強く結び付くことはなかった。大切な人の死は、魂を成長させる。 

  契機として人間の死を語ることは危険だ。人間の尊厳に対する冒瀆でありタブーかもしれない。しかし、思春期の重大なイニシエーション(通過儀礼)として、大切な人の死=喪失を受け入れて二人は成長するのだ。いや、家族全員が・・・。
  
  さて、ホラ話である。小説世界でのみ開花可能な美しい徒花に過ぎない、ならば非常に残念だ。また、舞台がアメリカ南部に設定されていること。現在の日本において成立し得ない、という作者の諦念に由来するものならば、悔しく哀しい。読了後、「ココニイナイ美しい徒花を現実に咲かせたいものであるよ!」と、青臭い余韻に浸った私である。


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by keroyaning | 2005-10-10 15:14 | 書評

書評:輪島功一「この道」(仮題)~ボクサーの文才を侮るな!!
c0072240_12541021.gif  ♪僕バンクロックが好きだ 優しいから好きなんだ♪
  と、ヒロトがTHE BLUE HEARTSで叫んだ情熱には、敵わないかもしれませんが。私は、ボクシングが好きです。後楽園ホールで観るボクシング、あるいはテレビで観戦するボクシング。もちろん大好きですが、ボクシングを題材にした小説やマンガも大好きです。そして、ボクシングのノン・フィクションも。
  ここまでで、何回「ぼく、ボクシングが好きだ」を連呼したかわからないくらい大好きです。そんな私の前に、ボクサーの自伝が登場しました。今日は、こちらをご紹介しましょう。


---

  私の購読している東京新聞夕刊に、「この道」という連載コーナーがあります。功なり名を遂げた偉人たちが執筆する「あの頃の思い出」コーナーという位置付けでしょうか?しかし、一人で一年程度、毎日書き続けるという長期ハードロードの連載です。日経新聞「私の履歴書」と同等かそれ以上の中身の濃さを誇っています。

  現在、執筆しているのは元ボクサーの輪島功一氏。世界タイトルを六度に渡り防衛した記録も素晴らしいですが、「カエル跳びアッパー」は当時リアルタイムで接した人々の記憶にも残っているそうです(会社のおじだん談)。これが、とにかく面白く、そして暖かい。例えば、試合に敗れタイトルを奪われた連載第71回から引用すると、

>会長の声を聞いて、うなずいて目を閉じました。
>それからしばらく、記憶がないんだな。
>意識を取り戻したのは、頬に柔らかい感触を感じたからでした。
>女房の多生代が、一歳八ヶ月になった長女の大子を連れてきて、キスさせたんだ。
>そのときだね。素直な言葉が出たのは。
>「大丈夫。でも、みんな終わったよ」
(中略)
>女房は、「今度こそ引退」と信じたらしいです。
>優しい声で「おとうさん、良かったね」と言いました。
>これで、もうつらい練習も減量もしなくていい、というねぎらいの言葉です。
>本当によくできた女房だよな。

  思わず、涙腺が緩んでしまいました。引用部分は、試合の模様ではないですが、戦いに敗れた後の悔しさ、そして静かな部屋での家族との再会。愛情豊かな男意気が感じられます。
  引用ばかりで恐縮ですが、試合の模様が昨晩の連載で、ばっちりありましたので引用させていただきます。敗戦したあとのリベンジ戦での模様です。

>「流れをつかむ」とか、「流れを引き寄せる」とか、そんな言葉を、私はよく使います。
>ボクシングの試合を勝つ上で、これほど重要なことはないんだな。
>15回を組み立てるときに、私は序盤の3回までに自分の力の7割までを使います。
>ここで圧倒して、相手の出鼻をとことんくじく。
(中略)
>勝ちたかったら序盤で力を出すんだ。
>それができるのも勇気だよ。
>残りのラウンドは、どうするか。そう、頑張ればいいんだよ。

  むん!戦いとはかくあるべきなのか!そんじょそこらの経営者諸氏のエッセーからは、窺い知れない哲学を感じます。秋の長雨にうなだれている私に、毎日元気をくれる連載モノです。

  汝、ボクサーの文才を侮るべからず。

p.s.
登山家の文才には定評があります。
先日書きました植村直己氏しかり小西政継氏しかり。
いずれも鬼籍に入られていますが、彼らの精神は文章で受け継がれています。

書物とは偉大なものですね!!

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by keroyaning | 2005-10-08 12:43 | 書評

書評:倉知淳「猫丸先輩の空論」~日常ミステリ試論
  朝晩涼しく、秋めいて来ましたね。
  日が沈むのも早く、秋の夜長という言葉がしみじみと感じられます。夜長の友に読書はピッタリですので、今日は、軽い読み物を御紹介しましょう。軽い読み物を複雑怪奇に解釈すると、こういう感想文になる、という一例でもあります。

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c0072240_794818.jpg  「日常ミステリ」を集めた短編集である。
  孤立無援なる絶海の孤島や不吉な伝説が語り継がれる隔絶された山村を舞台に、凄惨な連続殺人事件が起こるわけではない。日常生活を送る中で、「ああ、こんなこと、ありそうだなあ!」と、読者が思い浮かべる、いわば親近感溢れる謎が提示されるのだ。

  「日常ミステリ」の系譜について考えてみる。折りしもミステリ人気興隆の出版界。その状況で、日常ミステリは、殺人事件などが登場しないがゆえに、多様な読者層に売り込むことが可能である貴重な商品一品となり、各出版社が力を入れているジャンルになっている。
  
  しかしながら、歴史を紐解いてみると、東京創元社が仕掛けたミステリである。その誕生は、1989年まで遡ることになる。同年、北村薫が「空飛ぶ馬」で、覆面作家としてデビューした。語り手が女子大生であり、探偵役が落語家である設定から推測されるように、ほのぼのとした雰囲気の中で、日常の謎を解き明かす構成になっている。

  それから五年を経た1984年。倉知淳が、実質的なデビュー作「日曜の夜は出たくない」を上梓して、「連作短編」ブームの火蓋を切ることになる。連作短編。これも日常ミステリの一血脈として捉えることができる。
  連作短編とは、短編集の体裁を取り、各作品が独立した物語でありながら、一連の物語を読了した後に、全編を貫く一つの大きな謎が提示され、解明される趣向である。大きな謎の解明時には、各作品に散りばめられていた伏線が回収され、読者は改めて謎解きのカタルシスを味わうことができる。そういう意味で、連作短編は日常ミステリの系譜でありながら、進化した第二世代として捉えるべきかもしれない。

  さて、前置きが長くなったが本作品である。
  くだくだしく前述した「連作短編」集、ではない(えっ?って驚くのは待ってね)。6作の短編が収録されており、「水の入ったペットボトルがベランダに放置されるのはなぜか?」、「スイカ割り大会を控えてスイカが割られていたのはなぜか?」というような謎が提示される。
  秀逸なのは、各短編の語り手が男子高校生、スナックに通う若い会社員、女子大学生等々と巧みに書き分けられている点である。いずれの語り手もそのTPOに合わせて思考し行動する。キャラクタを描かせたら、他の追随を許さない倉知の真骨頂である。
  語り手が多種多様でありながら、探偵役は語り手以上にキャラクタ豊かな猫丸なる人物である。我々の日常生活で起こり得る「なぜか?」に対して、彼が一つの解釈を与える。
  注意して欲しいのは、”解明”ではなく、”解釈を与える=意味付けを行う”ということである。謎の周縁情報を採取して、唯一絶対の真理に到達するわけではないのだ。読者にも等しく提示される手がかりを帰納法的に解析して、一つの解に至るという方法論は共通している。ただし、手がかりを咀嚼して、「一つの可能性として、こういう事情だったのではないのかな?」という解を与え、「もちろん他の可能性があるかもしれないよ!」という留保を残す。

  長々と述べたが、本作品(及び本作に先立つ「猫丸先輩の推測」からなる本シリーズ)は、多重解決モノなのである。倉知淳は、日常ミステリのパラダイムにおいて、「連作短編」モノの先陣を切り、今、「多重解決」モノの新境地を開こうとしているのだ。次なる境地は何処なのか、パラダイムから脱却するのか、注目の作家である。

p.s.
カバー写真を載せましたが、
メルヘンチックな装丁になっています。
三十路過ぎの男が小脇に抱えるには不向きであり、
後ろ指を差されて変態扱いされるのは困るので、カバーを外して読みました。

p.s.
倉知淳は本文に述べましたように、
短編で新境地を開く作家ですが、畢生の大作も書いています。
「過ぎ行く風はみどり色」(創元推理文庫)。
アクロバティックな真相に加えて、心温まる家族の物語。お勧めですよ。


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by keroyaning | 2005-10-05 07:08 | 書評

書評:中島祥和「遥かなるマッキンリー」
c0072240_7352339.jpg   植村直己の評伝である。植村に関しては、彼が記した著作から詳細にうかがい知ることが出来る。しかし本書は、他者から見た彼の人物像を知る上で、非常に興味深いノンフィクションとなっている。

  編年体で記述される彼の「冒険」を読んでみると、「冒険家」というよりも「登山家」としての姿が鮮明に浮かび上がる。明治大学山岳部同期の北米マッキンリーのトレッキングに誘発されてのマッキンリーへの憧憬。エベレスト日本人初登頂を経て、マッキンリー厳冬期単独初登頂を果たした後、消息を絶った。奇しくも43歳の誕生日2月12日のことである。

  本作は、シャイで照れ屋であった植村の姿を第三者の目から描き出した労作である。作者は、山岳部時代の二年先輩であり、ノンフィクション専門ライターが記すには困難である隠れたエピソードが、暖かい眼差しで描かれる。

>植村は小林家へ大きな石を数個持ち込んでいた。墓前にそなえるためだった。
>(略)この石は、登るときよりもはるかに困難な下山時に、
>どんなにその背を圧迫したことか。
>(略)どこの国の登山隊に、コブシ三つ分以上はある石を五個も六個もエベレストの頂上からかつぎおろすやつがいるか---。

  シャイであるが故に、自著で晒されることのなかったエピソードである。

 そして終章。 植村遭難の報を受けた明治大学炉辺会(山岳部OB会)は、二度に渡り捜索隊を厳冬期マッキンリーに派遣する。中には職を投げ打って、捜索隊に加わるOBもいた。街では、貯金箱から小銭を寄付する小学生の姿もあったという。冒険家であろうが、登山家であろうと関係ない。彼の人間としての魅力がたっぷりと詰め込まれている作品である。

p.s.
本文で書きましたように、
植村直己には著作が数多くあります。
お勧めは、「青春を山に賭けて」と「極北に駆ける」です。

p.s.
本書の巻末に、
年譜が掲載されているのですが、
「私と同年齢(33歳)の時はどうだったのかな?」
と調べてみると、「五月、公子(夫人)と結婚」・・・だそうです。
・・・その半年後の十一月、「北極圏単独犬ぞりの旅へ出発」。うーむ。。

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by keroyaning | 2005-09-26 07:04 | 書評

日記:読了本?積読本?
  さてサラリーマンの私で、三連休がやってきました。
  「よしっ!ブログをバリバリと更新するぞ!!」と思ったのですが、このところ写真に頼りきりだったので、滅法書くことが億劫になってしまって。いや、億劫ではないのですが、書いていても文脈がおかしくなったり、です、です、です文になってしまい、酷いありさまなのです。

  読了本で感銘を受けたものが、何冊かあるので、いそいそと感想文を書こうと思っているのですが停滞しています。従って、読み終えた本も積読本となり、机の周りを覆い尽くしている不思議な状況が展開されてるわけです。

  さて、三連休。昨日、会社帰りに新刊本屋とブックオフを回り何冊か購入してきました。

c0072240_10415253.jpg  

  ①山田正紀「ミステリ・オペラ~宿命城殺人事件(上)」
  ②進士五十八「日本の庭園~造景の技とこころ」
  ③レオ・ブルース「三人の名探偵のための事件」
  ④山田詠美「PAY DAY!!!」



  ①は、分厚い文庫本の上下二冊組です。上巻を900+税金で購入したのですが、その後足を運んだブックオフで、上下内容を網羅しているハードカバーが1000円で売っていて、失敗したよ。と思ったのだけど、文庫本の下巻には、笠井潔の解説がついているから、よしとしようかなと複雑な気分な私です。
 
  ②は、変な名前の作者ですが、洒落っ気に溢れた庭園論を展開している(ようです)。公開される(た?)映画「春の雪」を観にいく人は、本書を読んでから臨むと、為になるかもしれません。原作の三島由紀夫「春の雪」では、庭園がクローズアップされていたようなので・・・。
 
  ③は、ブックオフで購入。最近、本邦初公開(初翻訳)のミステリシリーズを、各出版社が競い合って出版していますが、その一環としての出版かと思われます。アントニー・バークレーの五月雨出版に歓喜して、一人踊った私なので、とても嬉しい風潮です。本作品も、バークレーの向こうを張った「多重解決モノ」らしく、早く読みたくてうずうずしています。
 
  ④は、新刊本で買おうと思ったのだけど、①を買ったのでやめてブックオフで購入して、お得な気分。ブックオフには、三冊くらい放出されていました。三冊も放置するなら、百円にしてオクレ!といいたいケチな私です。これは、先日触れたexciteのブックレビューコンテストの課題図書となっており、サクサクと読んで、みっちりと感想文を書こうと思っているものです。

  というわけで、秋分の日⇒読書の秋です。

p.s.
新動物占いだそうです。
http://www.ddart.co.jp/doubutu/d147.html
むぅ・・・。恋愛部門は、100%当たっていますわ・・・。

ちなみに、
気になる女性の恋愛部門
>直ぐそばに、
>あなたに好意を持っていて、
>心の平安をもたらす穏やかなタイプの男性がいても
>あなたはなかなか気が付きません。
まったくトホホな情勢じゃねえかYO!YO!!!
まあ、自分「穏やかな」人間じゃないから、俺のことではないな!けっ!!
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by keroyaning | 2005-09-23 10:41 | 書評

書評:J・M・バーダマン「ミシシッピ アメリカを生んだ大河」:アメリカを考える~その二
  選挙の夏が終わりましたね。
  「いよいよ二大政党制が始まるぞい!」と喧伝されたのは、小選挙区比例代表制が導入された1994年。おおよそ十年前のこと。
  まだまだ日本では、二大なる実感湧かざる選挙結果になりました。ひるがえって、二大政党が、岸和田だんじり祭りの如くぶつかり、ちょくちょく政権が替わる海の向こうのアメリカについて話を進めてみましょう。

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c0072240_2032596.jpg 先日、紹介したJ・M・バーダマン「ミシシッピ=アメリカを生んだ大河」(講談社選書メチエ)からアメリカを考えてみましょう。本書は、ミシシッピ河口から、地理的に遡る形で、各地域の歴史・文化が記述されています。
  まずは、ジャズ発祥の地、ニューオーリンズから旅路は始まります。少年院を出たばかりの、ルイ・アームストロングが船上にて、コルネットを吹き鳴らし、「鞄(サッチェル)口」=サッチモ、と呼ばれ愛された町です。

  次なる訪問地は、ミシシッピ・デルタです。プランテーションでの過酷な労働に従事する黒人シェアクロッパーたち。「金を稼げばやがて自分の土地を買えるのだという幻想」に胸を膨らませた彼ら。現実は、収穫物を担保にして生活するという、借金地獄。そこで生まれたのがブルース・ミュージック・・・。

  さらに上流に遡るとトム・ソーヤやハックルベリー・フィンが冒険に昂じたセント・ピーターズバーグに到着します。しかし、これは架空の地名であり、作者マークは、ハンニバルにいたので、そこが舞台であると考えられます。<よいこのアニメ広場>「トムソーヤーの冒険」。もう一度観てみたいものです。
 
  そしてそろそろ旅の終点ですが、驚きました。S・フィッツジェラルドの生家、そして初期作品「ジャズ・エイジの物語」をものしたのがセントポールという町だそうで。彼の洗練された作風は、生まれながらの東海岸アイビーリーグだと思っていたのですが、ルーツは、こんなところにあったのですね。
 
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  さて、本書の奥付を見てみると2005年8月10日第一刷発行、と記されています。本国アメリカでの刊行も、2004年刊行の本が参考文献に挙げられているので、04年末から05年初と考えられます(講談社選書メチエ編集部は、原書の刊行年を明記しておくように!)。
  先日述べましたように、2005年8月末、ハリケーン「カトリーナ」が南部を襲い、ニューオーリンズの80%が水没したと伝えられています。非常にタイムリーに刊行された本書ですが、その中で今回の災害を予期したかのような、警鐘が鳴らされていました。

>(ニューオーリンズは)
>毎年のように襲いかかる洪水の危険につねにさらされていることであった。
>(中略)両岸に堤防が完成していた。
>(中略)以来、堤防はますます厚みと高さを増しているが、
>それでも絶対に決壊しないという保障はない。
>(大略)人間は、ダムや閘門や堤防によって物理的にミシシッピを制御しようとしてきた。
>(中略)ミシシッピ川がいまでも人間の支配を峻拒する猛々しい川であることを、
>人は思い知らされるのである。

  ノストラダムス予言には、足をすくわれましたが・・・。
  このたびのハリケーン。現地に居て、メッセージを発する人には、なにか感じるものがあったのだと思います。ガンバレ、ミシシッピ!!ガンバレ、デルタ・ブルース!!
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by keroyaning | 2005-09-13 20:13 | 書評

書評:J・ロルフ/P・トゥルーブ「投資銀行残酷日記」
  大型台風の14号が過ぎ去りまして、海の向こうのハリケーンほどには被害をもたらさずなによりでした(被害に遭われた方にはお見舞い申し上げます)。アメリカ南部を襲ったハリケーン「カトリーナ」。その辺りを舞台にした本をちょうど読んでいて、非常に感慨深いものがあります。
  近く、その本も紹介させてもらう予定ですが、今回は、同じアメリカでも、東海岸ウォール街を舞台にしたノンフィクションを紹介します。

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c0072240_21125847.jpg  時は、1990年代、青雲の志を抱いた二人の青年がいた。夢は、投資銀行で有意義なる仕事をして、かつ大金を手に入れること。話は、二人がビジネススクールに在籍中から始まる。スクールへの入学通知と同時に「就職状況調査」というパンフレットが送付され、業種ごとの10万ドル代の年収が提示される。学問の研鑽者に対する拝金思想の注入。イニシエーション(通過儀礼)の第一歩である。スクールでの数々のリクルーティングを突破して、サマージョブを経て、入行する二人なのだが。

  そこから彼らの戦いが始まる。
>はてしない作文という地獄の苦しみへの序曲にすぎなかった。
>(略)顧客獲得のために書類が必要になるし(中略)、
>すべて完璧に仕上げなければならない
>書類作りが上手に、効率的にこなせるなら、
>(中略)四年間はウォールストリートで暮らせる。
  
  上記書類作り(及び手直し)については、詳細な実例が挙げられているが、その様子は囚人の苦行に似ている。穴をひたすらに掘り、堀り上がった穴を埋めては、また別の場所に穴を掘り・・・。本書の帯にある「重要な仕事をしているから給料が高いのではない。とんでもない仕事をしているから銀行の給料は高いのだ!」というのもムベなるかな。

  証券会社での経験を振り返り書き起こすノンフィクションはおもしろい。カネの匂いとハードワーク。アンビバレントな両者の間で揺れ動く心。本書に先立つ先達として、F・パートノイ「大破局(フィアスコ)」、P・スタイルズ「さよならメリルリンチ」が、小説より奇なる現実を見事に描き出している。
  本書の目新しい点は、スリリングな動的描写の中に、冷静に証券会社の基礎業務が紹介されており、格好の教科書ともなりえることだろう。とりわけ目論見書(プロスペクタス)作成から始まる「ロードショウの「工程」は秀逸である。

  なにはともあれ、自分の携わっている仕事(あるいは生活)に疑義が生じた時、冷静に状況を考えてみようと思わせる作品である。

p.s.
局地的業界仕事本である本書ですが、
内容は決して専門的・排他的なものではありません。
どんな仕事をされている人であれ、どんな勉強をしている人であれ、
ジェットコースター小説を読むという気分で、手にとってみても楽しめます。
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by keroyaning | 2005-09-10 18:04 | 書評