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映画評:「戦略大作戦」(1970年、米)~英雄考察
c0072240_1552092.jpg  舞台は、ノルマンディー上陸作戦で勝敗の帰趨も決したヨーロッパ戦線。クリント・イーストウッド演じるケリーは、ドイツ軍将校から大量の金がドイツ軍占領地に隠されているという情報を手に入れた。彼は、癖のある仲間たちと共に、三日間の休暇を利用して、「私的に」強奪するために敵陣深くに、ドンパチ進攻する。命令ではなく、自由意志で進軍するところに、新鮮な爽快感のある戦争映画である。


  まずは、コメディ映画である。
  蔓延する厭戦気分が、笑いを交えて提示される。自軍の誤爆に対して、テリー・サヴァラス演じるジョー軍曹の交信場面。


「お前が砲撃しているのは、おれたちの陣地だ!」
・・・
「聞こえない?聞こえないだろうよ。
お前のところで発射して、ここで爆発してるんだからな」



  また、別の場面。ケリーが見本の金の延べ棒を手にして、砲撃部隊、補給部隊を籠絡するときの不自然な黄金のきらめき、デフォルメされた音楽。思わず「越後屋、お主も悪よのお」という時代劇の定番風景が思い出される。笑いの勘所は、日本もアメリカも違わないものだと、ニヤリとしてしまう。
  私が、字面に起こすと、果てしなくつまらなく感じられ、がっかりなのだが、何回観ても、笑い所が分かっていても笑ってしまう映画なのである。部屋で独り寂しく鑑賞していても、独り大笑いしてしまうほどの面白さなのである。

  ところで、この映画。笑ってばかりの映画ではないのである。笑いというオブラートに包まれているが、実は強いメッセージが隠されているのである。なにか。
  原題に注目したい。「KELLY’S HEROES」である。ケリーの英雄たち。そう、メッセージは、「英雄とは、なにか?」なのである。

  ケリー、ジョーに続いて、もう一人の主役であるオッドボール(ドナルド・サザーランド)の登場場面。


「皆がやみくもに突進して戦死するから、俺たちは予備に回っている。
奴らが、そうさなあ、パリやニューヨークを脅かしたら、その時は戦おうと思ってな。グフ、グフフ

 

  そして、ケリーが金を強奪しようと仲間をそそのかしているのを知ったとき、部隊を預かるジョーは言う。


俺は、お前たちをベルリンに連れて行かなければならない。できる限り無傷でな。生き残るコツが、分かるか?英雄になりたい奴以外は、なるべく顔を出さないことだ


  英雄になるよりも、とにかく生き残ることの大切さ。この映画は、強く訴えているのである。勲章や昇進の前にやることがあるだろ?家族の待つ故郷に生きて帰ること。
  
  いくらでも重たく描くことも可能なテーマである。しかし、製作者たちは、軽やかな笑いでカラッと笑わせ、その幕間で照れながら、「見得を張ったり、カッコつける前に生きることだよ」とさりげなく主張しているのである。

  百聞は一見に如かず。笑うもよし。泣くもよし。一味違う戦争映画にどっぶりとはまってみよう。

p.s.
視聴覚メディアである映画。
絵もなく音もない文章で書くのは難しいです。
・・・はっきりいって言い訳です。全然、まとまっていないです。
この映画、大好きな映画なので、後日、手直しするかもしれませんが、すいません。
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by keroyaning | 2005-03-21 15:58

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by keroyaning | 2005-03-20 21:39 | 日記

社会:戦いのゆくえ。攻略本を片手に、勉強しようゼ!
前回の続きです。

 檄文調子の見出しの他に、「TOB」「ポイズンピル」「ワー・チェスト」「クラウンジュエル」「レーダー・アラート」「レバレッジド・バイ・アウト」etcという専門用語も平然と使われていますね。中には、軍事・戦略用語に由来する言葉も混じっています。ワイドショーで、わかりやすく解説している(らしい)のは、各テレビ局のやさしさでしょうか。
 私のよく行く焼鳥屋でも、こぶしを振り上げて「リーマンも腰を引き気味だし、ライブドアのワー・チェストは大丈夫なのか?」「焦土作戦の遂行には、後方に肥沃な戦略拠点が控えていることが不可欠だぞ!フジ参謀はわかっているのか?」と、熱燗を片手に熱く語るサラリーマンがたくさんいらっしゃいます。外見は、普通のおじさん達ですから、軍事マニアの方々が、「焼鳥屋で戦略会議を開こう(・∀・)ヤッホー!イイネ―!!」オフを開いて、楽しんでいるわけではないでしょう。

 この一連のガチンコ対決。1980年代、アメリカ資本市場では、日常茶飯事の出来事でした。昨日は、ドコソコが炎上したけど、今日あっちのイナセなあいつがホワイトナイトとなってドコソコ陣営に付いたらしいぜ!というような話ですね。その当時、証券業界や関係企業に身を置いていた方々は、リタイア先でのんびりとコーヒーを飲みながら、今回の騒動に懐かしさを覚えていらっしゃるのではないでしょうか?

c0072240_1161671.jpg 歴史を教訓に未来を占いたいという進取の精神旺盛な方は、遠藤幸彦「ウォール街のダイナミズム」(野村総合研究所)がまとまっているので、一読されると勉強になりますよ。あと、直接には関係ないですが、蔦川敬亮「ニューヨーク探検学」(原書房)は、当時の最先端ニューヨークの風物を描いたおもしろい本で、いわば80年代アメリカ資本市場の生活史です。「ヤッピー」「パワーランチ」「カウチポテト」等、懐かしい言葉が満載ですよ。この本については、最近読み返して、とてもおもしろかったので、いずれ別稿で詳しく書いてみたいと思っています。

 ところで、ホリエモンの支持層。てっきり、リッチでヒルズな生活に憧れる若い人が中心かと思いきや、五十代半ばのいわゆる「団塊の世代」が大きな支持層になっているそうですね。ちょっと驚きました。彼らは、学園紛争にも「従軍」した世代ですので、今回のようなドンパチに共感を覚えるのでしょうかね?あるいは、ネクタイをゲバ棒に持ち替えて「祭りの季節は終わった」とつぶやき、不本意な宮仕えをして高度成長に寄与して、今、定年を迎える彼ら。自分たちが成せなかった既成秩序の打破!を息子世代のホリエくんに託しているのかもしれませんね。
 東大安田講堂での立て篭もりは1969年。その翌年に、大阪万博が開催されています。そして、今年も愛知万博が開催されます。なんか、歴史(なんて大そうなものじゃないか)の巡り合わせは、おもしろいですね。

 とあれ、戦いのゆくえに目が離せません(・・・本音は、飽きてきたよ)。

p.s.
「TOB」以下の合計6つの言葉。
先日、述べた檄文見出しのどれか一つと関係があります。
(例えば「TOB」は、「TOB戦線で・・・」と関係がありますね)。
それでは、残り5つの言葉と関係が深い檄文見出しはどれでしょう?
皆さんも、ティー・ブレイクの時間にでも、イロエロと考えてみてください。

p.s.
ガチンコ勝負の一番の楽しみ方は、
どちらかの陣営を応援することですが、
本稿を書くに際しては、公正中立のスタンスで慎重に書いたつもりです。

あと、いわずもがなのことですが、
本文中の檄文見出しは、断りを入れましたとおり誇張されていますし、
全て私の創作(というか妄想の表出)です。本気にしないでくださいね。
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by keroyaning | 2005-03-19 10:11 | 社会

社会:戦い?の行方はいずこへ?~ニッポン放送騒動。
  私の愛読する「日刊ゲンダイ」等の夕刊タブロイド紙はもちろんのこと、一般紙上においてさえも、毎日 のように、過激な見出しが、紙面を踊っていますね。そう、ニッポン放送株の争奪戦です。
  構図は簡単明瞭。水面下から急浮上したライブドア騎馬戦部隊に対して、迎え撃つのはエスタブリッシュメント・フジテレビ。一体、どちらの陣営に勝利の女神は微笑むのか?あるいは両者、共倒れに終わるのか?関係のない私も、傍から見ていて、とてもドキドキしています。
  いささか誇張が入っていますが、過激な見出しは、こんな感じの檄文調で謳われます。


パリは燃えている!!

潜水艦ライブドア号、電光石火の先制攻撃!ToSTNeT水道を隠密裏に侵攻。ニッポン放送、出火炎上だ!



めんどくさいから鎖国しちまおうぜ!

苦虫顔の日本政府、水道一部封鎖と三角合併解禁延期へ!
法案改正に向け、急ピッチで作業を開始!



その時、不吉な予言が下された

ライブドアのアキレス腱は、伸び過ぎた兵站線にあり(軍事評論家の間で懸念の声高まる)



歓喜の歌声はどちらに?

TOB戦線、フジが圧勝!フジ会長、高らかに勝利の雄叫びを上げた!



手打ちはあるのか?

六本木vsお台場「仁義なき戦い~頂上決戦」、本家筋である裁判所の審判へ!



ガダルカナルの再現!?

法廷戦線、起死回生の大逆転!ホリエモン軍団、六本木指令本部に凱旋帰国だ!



今宵の美酒はなんだ?

(・∀・)ウマソー!ボクモ、マゼテヨ~!



嗚呼、悲しみの大地に花は咲くのだろうか?

ニッポン放送、焦土作戦表明に賛否両論の声!



奇策の教訓?

フジ、大幅増配で本土防衛を急ぐ!
リベンジに向け、背面の憂いが消えた今、正攻法で正面突破だ!ガンガレ!チョー、ガンガレ!!


 
進軍ラッパが鳴り響く!

ライブドア、LBOで軍資金調達?本体は持株会社化?
鶴翼陣形で、お台場城下を囲い込むのか?
未確認だから疑問符ばかりだけど、とりあえず煽っておくか(´ー`)y─┛~~」


とまあ、こんな感じです。
さながら、実録雑誌の目次みたいですね。
(・・・話は、明日へ続きます。)

参考文献:日刊ゲンダイ、アサヒ芸能、週刊ポストetc

p.s.
明日は、真面目なコメント(というか背景)を出します。
金曜日の独り宴で盛り上がっている、私を許してください。

p.s.
初めてトラックバックさせてもらいました。
http://www.tez.com/blog/index.html
真面目に勉強されたい方は、必読です。
真面目じゃなくても、ワイドショーをヘェヘェ!
と言いながら、眺めていたい方には、とても参考になるブログですよ。
今すぐ、レッツゴーだ( ゚Д゚)ゴルァ!
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by keroyaning | 2005-03-18 21:09 | 社会

書評:飯嶋和一「汝 ふたたび故郷へ帰れず」第三回:ジャブの連打で活路を開く。
 焼き魚を肴に晩酌する前に、昨日の続きを書かせてもらいます。

---

 さて本題に入ろう。
 まずは、次の引用を読んで欲しい。


ヤツが打ち疲れ、右のガードが甘くなったところへ、おれは左のショート・ストレートを送った。確かに顔面をとらえたが、少しも効かないばかりか、逆にヤツの闘志をかきたてるハメになった。やっと開いたおれのボディへ重い右をたたきつけて来た。息が出来なかった。次の返しの左フックでおれのマウスピースが飛んだ。しかもコーナーを背負っていた。そこで初めておれは、負けるんだなと思った。これで自分のキャリアが本当に終わるということを、その時おれは現実のものとして感じた。おれの中に何より強くしみついた負けることへの恐怖感が、脳味噌へ最後の信号を送った。



またヤツが距離をつめて来た。
自分の位置がつかみやすいリングのほぼ中央で、左へ回りながら下から突き上げるジャブを立て続けに放った。真横へヤツが移動し、左右を振るって突進して来た。おれはバックステップでかわした。おれが左へ、ヤツも合わせた。ロープが近かった。サウスポーにスイッチするタイミングを見計らった。タイミングをひとつ間違えれば、ひっくり返るのはおれの方だった。


  長くなってしまったが、上記二つの引用は、それぞれ、別のリング上での戦いの一場面の描写である。
  
  畳み掛ける言葉、言葉・・・。言葉がジャブとして、息をつく間もなく、繰り出される。この緊迫感はどうだろう?硬質な文体で、留まることを知らずに読者を追いかけてくる。終始一貫して、この調子なのである。またかよ、バカ!と言ってくれるなかれ。これは、まさしく、ハードボイルドの筆致なのである。


  結論。スポーツ競技は、試合場に足を運び観戦することが、まずありきである。そして、その拡散・大衆化としてテレビを始めとする映像媒体における、映像及び音声を通じて、「視聴者」が受容する性格を持っている。ボクシングも例外ではない。むしろ、リングサイドで観戦した際に、目に映るファイターの飛び散る汗、声にならない呻き、観客席を覆うむっと感じられる熱気は、映像媒体では捕捉不能である点において、すべからく原初的なスポーツである。
  筆者は、その原初的なスポーツを見事に文字化してしまったのである。文字には、映像も音もなく、もちろん匂いもない。ともすれば、単調な情景描写に終始してしまう恐れがある。しかし、そんな危険な領域に、文体を武器にして果敢に切り込んだのである(その勝敗は・・・、本稿の読者の判断を仰ぎます)。

  私が、「汝 ふたたび故郷へ帰れず」は文体小説である、と断言した所以である。
 
  最後に、ジャブについて、的を射た定義を述べておこう。
  私のバイブル(=聖典)、「あしたのジョー第一巻」(講談社コミック)」より引用します。

c0072240_208189.jpgあしたのために(その1)=ジャブ=
攻撃の突破口を開くため
あるいは 敵の出足を止めるため
左パンチをこきざみに打つこと
(中略)
正確なジャブ三発に続く
右パンチは その威力を三倍に増すものなり


p.s.
この小説。本文で述べましたように文体色をした小説です。
しかし、その単色だけで語られるべき安い小説ではありません。
主人公の挫折から成長への道筋を訴える成長小説としての「色」も強く持っています。
一般的には、ビルトゥングス・ロマンと評される「色」ですね。

なお、当該ロマンが「教養小説」と今だに根強く称されているのは、どうもしっくりしない私です。

p.s.
明日は、社会時評をボーン!と御開陳させていただきます。
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by keroyaning | 2005-03-17 20:11 | 書評

書評:飯嶋和一「汝 ふたたび故郷へ帰れず」:第二回、無理を承知で塗り絵に挑戦。
  前回の続きだが、本題に入る前に小説について考察してみる。

  いわずもがなのことではあるが、小説の魅力は、語り尽くせず、とても深い。
  カテゴライズが無力であることは、重々に承知しているが、あえて「色分け」をしてみる(「分類」するという作業は、作者に対してではなく、小説に対しておこがましい作業である、と私は思ってしまいます)。
  
  例えば、小説のプロット(=筋立て)で読ませる小説がある。
血湧き肉躍り、息もつかせず、固唾を飲みこませる冒険小説などがそうだ。皆さんも、睡眠薬代わりに寝転び軽く読み始めたら、寝てはいれずに立ち上がり、手に汗を握って、一気に読んでしまったよ!という経験をお持ちであろう。そんな小説である。
  
  次に、人物造形が売り物の小説がある。キャラがたつという言葉があるが、キャラクター小説と言い換えてもよいだろう。キャラクターはキティちゃんだけではない。さまざまな社会経験を積み、あるいはトラウマを背負った人間でも構わない。彼の育った環境、辿ってきた人生が昇華され、その結果生み出された性格や思考方法が克明に描かれた小説である。

c0072240_18195697.jpg  続いて、薀蓄小説というものもある。実生活においては、必ずしも必要ではない知識が、小説を読みながら学べる一石二鳥、儲けものの小説である。京極夏彦のレンガ本等を想像していただきたい。ただの赤レンガではなく、薀蓄が詰め込まれたレンガなのである。好奇心ある読者ならば、例え自分の関心が小さい分野の内容であったとしても、読むことにより興味分野の拡大への足がかりとも成り得る小説である。
  
  とりあえず、三色ほど小説を取り上げた。もちろん、小説の色は三色だけではない。また、小説は、各々が単色で存在して悠然と構える厚顔無恥な存在ではない。くどいようだが、小説は奥深いのである。(・・・続く)


p.s.
今回は、タイトルと無関係の話を展開してしまいました・・・。

私の読書歴に照らし合わせて、本文で色分けした小説を挙げてみます。
1.プロットで読ませる小説:
N・スティーヴンスン「クリプトノミコン」(全4巻)。一息に4冊読んでしまいましたよ。

2.キャラクター小説:
有栖川有栖<江神シリーズ>。「双頭の悪魔」で臨界点を迎えてしまったのか、続編が一向に発表されません。新作を早く読みたいです。

3.薀蓄小説:
先に述べた京極夏彦の<京極堂シリーズ>の他にも、高田崇史の<QEDシリーズ>があります。「QED 鎌倉の闇」がお勧めですよ。

皆さんも、自分のお気に入りの小説を「色分け」してみると、
新しい発見があるかもしれません。是非とも、お試しください。
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by keroyaning | 2005-03-16 18:24 | 書評

書評:飯嶋和一「汝 ふたたび故郷へ帰れず」:第一回、導入編
言葉で傷つき、傷を負うのは、
なにも、世間知らずの我々だけではない。
言葉の威力は、世界共通だ、という話をさせてもらいます。

c0072240_7253068.jpg飯嶋和一「汝 ふたたび故郷へ帰れず」。

なにはさておき、文体の小説である。
グイグイと引きこまれてしまうのである。
あらすじが、出来合いのものであるのは、この際、見逃して欲しい。
文体が凄い。「言葉」の魔力で、人の心を動かしてしまう小説なのである。


(話は続きます・・・)

p.s.
本文で紹介した小説。
よくよく見ると、素晴らしい装丁ですね。
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by keroyaning | 2005-03-15 20:24 | 書評

今日からは歩く花~♪:アノマリー現象について、その三。
  話は1990年代に入ります。先に述べましたように、THE BLUE HEARTSは、1990年7月25日に、シングル「情熱の薔薇」を発売します。この曲は、学園ドラマの主題歌にもなり、お茶の間を席捲し、オリコンチャート1位を記録します。重厚なサウンドをバックに、ロマンティックな詩を野太い声で歌いあげるスタイルは、デビュー直後の疾走期と変わりませんが、どこかソフィスティケートされたまとまりの良さが感じられます。
  
  同じ頃、社会では株価は、天井を打ったものの、バブルの余韻は続いています。1991年に、ジュリアナ東京がオープンし、同年放送された「東京ラブストーリー」に代表されるトレンディードラマが、空前の視聴率を稼いでいました。後者は、洗練された主人公たちが、スタイリッシュな部屋で生活を送りながら、昔ながらの恋愛に悩むというやつですね。当時、薄汚い浪人生だった私には、星霜の彼方のようなお話でしたが、正直、カッコいいですな。

  しかし、世の中、明るいことばかりではありません。1990年8月2日、イラクがクウェートに侵攻し、その対抗として、翌91年1月17日、アメリカを中心とする多国籍軍がイラクを空爆します。湾岸戦争の勃発です。緑がかったテレビゲームのような空爆映像は、お茶の間でリアルタイムに放映されたものですね。私も釘付けになりました。この年には、ソビエト連邦が崩壊するという大きな出来事が起こってもいます。歴史的には、こちらの方が特筆されるべきでしょうが、湾岸戦争の鮮烈な映像が強く心に残っており、あんまり記憶にない、という方も大勢いることでしょう。

c0072240_13424360.jpg  THE BLUE HEARTSも、不安定な世相と軌を一にして、煮詰まり停滞してしまいます。ライブでは初期の頃から演奏されていた「TOO MUCH PAIN」を発売するなど、新機軸を悩みながら模索する様子が窺えます。そんな重たい空気を吹き消すように、1993年、起死回生のアルバム「STICK OUT」が発売されます。黎明期の彼らを髣髴させるスピード感溢れる曲の連打に、完全復活を信じたファンの方も大勢いたと思います。私も、「なんという熱い疾走感だろう!初期の青臭さはないけど、誰もが成長して大人になるものだ、貫録勝ちだな!」と、首肯し嬉しく歓迎しました。
 
  そんな喜びも束の間で、1994年の後半から、彼らの音沙汰が途絶えてしまいます。そして、1995年5月17日、ラジオ番組内で、突然の解散発表。その様子が、テレビの特集内で放送されているのを聴きましたが、こんな感じだったと記憶しています。


(今後の予定は、あるのですか?と明るく問われて)
ヒロト「いや、特にないですねえ、解散することくらいですかねえ」。


  鮮烈なデビューは衝撃的であり、解散もまた驚きに発表され、ここに10年間に渡る彼らの活動は停止されました。
  
  社会では、後の世に「失われた10年(ロスト・ナインティーズ)」と呼ばれる低迷期に突入し、彼らの解散した1995年には、1月17日「阪神・淡路大震災」、3月20日「地下鉄サリン事件」と立て続けに暗い出来事が起こり、不穏な空気が人々を重苦しく包み込んでいました。解散後の、1995年7月10日、アルバム「PAN」が発売されます。その中の「歩く花」でヒロトは、こう歌います。

c0072240_1343516.jpg
今日からは歩く花

根っこが消えて足が生えて

野に咲かず 山に咲かず 愛する人の庭に咲く



  悲しい歌詞ですね。厳しい世界には疲れたから、暖かいところでのんびりしたいよ・・・、という後ろ向きな心境が感じられてしまいます。もちろん、これで駄目になってしまうヒロトではなく、後に「不死身の花」という曲で、しっかりと復活しますよ。
 
  
  以上、長々と弁舌を振るって来ましたが、「アノマリー現象について」をおしまいにさせてもらいます。THE BLUE HEARTSの活動史について、下記の参考文献をとても利用させてもらいました。ありがとうございます。

参考文献:「ブルーハーツと日本のパンク」(別冊宝島、宝島社)

p.s.
上記の参考文献でも、バブル経済との関連性が「ブルーハーツとレイト80‘s」という記事で触れられています。
書く際に、読み直しませんでしたが、一度読んだことは事実であり、知らないうちに類似点が出てしまっているかも知れません。不快に思われたら、本当に申し訳ありません。

p.s.
「歩く花」は、とても悲しい歌ですが、とても大好きな曲です。
大好きな曲が多過ぎて困りますが、いつでも私のBEST5に入ります。
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by keroyaning | 2005-03-13 13:47 | 社会

どこまで行くの~♪:アノマリー現象について、その二。
  THE BLUE HEARTSの軌跡とバブル経済膨張・崩壊には、アノマリー(=奇妙な一致)があるという話の続きです。
  
  まず、THE BLUE HEARTSについておさらいをしましょう。
  彼らは、1985年2月に結成され、4月3日に初ライブを行い、12月24日に初ワンマンライブを行うと同時にソノシート「1985」を配布しています。初期における彼らのスタイルを端的に表現した名フレーズ「僕たちを縛りつけて、一人ぼっちにさせようとした全ての大人に感謝します。」は、この「1985」で唄われる歌詞であります(恋人たちの暖かい聖夜に「一人ぼっち」というのも心憎いですね)。THE BLUE HEARTSにとって1985年は、記念すべきデビューの年であり、初期鳴動の勢いで躍動した年であります。
  
  では、その年、社会では、何が起こったでしょうか?経済史の教科書を紐解くと、1985年、「プラザ合意」と太字で書かれています。解説を読むと、アメリカの貿易赤字の解消を目的に、ドル安を先進国みんなで実現しましょう、そして日本は、金融緩和(=金利引下げ等)を行い、お金をたっぷり垂れ流して内需拡大を図りなさいよ、ということが先進国G5の間で決められたのでアール、とあります。お金のだぼつき、すなわちバブルの発生ですね。
  当時、私は悩み多き花の高校生でしたので、バブルの恩恵をたっぷりと受けたわけではありません。しかし、年齢を偽りもぐりこんだ工事現場のアルバイト先での大盤振る舞いを思い起こすと、「豊かな」時代だったのだなあ、と実感します。

  こうして、良くも悪くもバブル経済の産声の中で、THE BLUE HEARTSは結成され、躍進していったのです。勢い留まる事を知らず、1987年、1stフルアルバム「THE BLUE HEARTS」を発表して、日本中の人々の度肝を抜き、うら若き少年少女を歓喜感涙の渦に巻き込みます。1988年には、自主制作で「チェルノブイリ」を発表し、多くの大人たちも彼らに注目するようになりました(彼らの素晴らしさを語る部分では、若干ながら主観的誇張が混じっていますが、「チェルノブイリ」の衝撃は、客観的にもとても大きなものだったと思います)。
  
  悲しいことに、社会では、チェルノブイリ事故等の環境破壊もなんのその、札束がばら撒かれ、バブルも順調にブクブクと膨らんで行きます。THE BLUE HEARTSに対して、サラリーマンや学生が、「トレーン、トレーン!走ってゆく~~」と叫ぶ景気づけソングとしての大きな需要はありましたが、黒人たちを乗せて豊かなシカゴを目指す北上列車の悲哀を歌う詩への共感はありませんでした。

c0072240_18501496.jpg  1989年。この年は、THE BLUE HEARTS、社会、いずれにとっても大きな転換点となった年であります。前者については、初の海外ツアーを行い、翌年90年には、彼ら最大のセールスを記録したシングル「情熱の薔薇」が発売されます。そして後者の社会情勢については、日経平均株価が、「五万円も夢ではないぞ、このヤロウ!」な気分が蔓延する中で、1989年12月は29日の大納会に、史上最高値3万8915円を記録します。この年の忘年会は、それはそれは、凄かったのだろうなあとしみじみと想像が膨らみます。

・・・続き(おそらく最終回)は、また後日に書かせていただきます。

参考文献:「ブルーハーツと日本のパンク」(別冊宝島、宝島社)

p.s.
実家に戻って、ちびっ子と遊ぶはずが、
風邪を引きかけているようで、やめにしました。
独り寂しく夕食を食べ終えたところです。皆さまもご自愛ください。
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by keroyaning | 2005-03-12 18:59 | 社会

栄光に向かって~♪:アノマリー現象について、その一。
  先日、大和総研が「サザエさんの視聴率が株価に連動している」という、おもしろいレポートをまとめました(http://www.dir.co.jp/research/report/equity-mkt/quants/05021402quants.pdf)。
 このように、理論的に説明できないのだけれども、なんだか結果オーライとして関連性が認められてしまう事態をアノマリー現象と言います。日本株は四月に上昇する傾向があるよ!月曜日の株価は高いよ!というような経験則のことですね。
 少し毛色の違ったところでは、有楽町ガード下あたりでお父さんたちが楽しそうに、「栄光の巨人軍九連覇(1964年~1973年)と我らが高度経済成長は奇妙に一致するのでアル」と楽しそうに語らう光景もよく目にします。
  そこで、私も毛色の違うアノマリー「奇妙な一致」を探してきました。
 
c0072240_1605522.jpg  その昔、THE BLUE HEARTSという素晴らしいバンドが存在しました。1987年5月1日にシングル「リンダリンダ」でメジャーデビューを果たし、思春期の少年少女の胸を鷲掴みするに止まらず、広く世の中を席捲して社会現象にもなりました。見識の高い人間(私のことです)は、バンドの中心メンバーである二人を評して、「日本のレノン&マッカートニーの誕生に立ち会えたものであるよ!」と声高に喧伝していたものです。
  
  彼らの素晴らしさについて語るにやぶさかではないのですが、朝までかかっても語り尽くせないので、冒頭に述べたアノマリーの切口から、彼らに触れたいと思います。
 
 THE BLUE HEARTSの軌跡と、絢爛豪華でキンキラキンなバブル経済誕生・成長、そして「夢よ、もう一度!っていうか助けてくれ!!」なバブル崩壊の歴史の間には、不思議な共通項が見られるのである。

・・・続きは後日、書かせていただきます。

p.s.
これから、実家に戻って、ちびっ子くんたちと遊んであげるおじさんになります。
遊んでもらう、というのが正確なのですけどね・・・。
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by keroyaning | 2005-03-12 12:51 | 社会