<   2005年 12月 ( 32 )   > この月の画像一覧

来年は、力の及ばない自分に対して、真っ向勝負と行きたいものですね。


c0072240_11533494.jpg22:00 仁義なき戦い
23:50 仁義なき戦い広島死闘篇
01:40 仁義なき戦い代理戦争
03:30 仁義なき戦い頂上作戦
05:20 仁義なき戦い完結篇


  国粋会が山口組の傘下に入ったことが、遠因として働いているのか、年末のWOWWOWが凄いことになっちゃっている。・・・というクソ・エントリで今年を締め括ろう、と思ったけど、あまりにもバカっぽいので、別の話題を。


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  私の愛読する東京新聞に、「わが街 わが友」というコーナーがあります。各界の著名人諸氏に比べて、ワンランク下(失礼)の著名人さんたちが語る思い出コーナーです。(注1)

  先日まで、筋肉少女帯の大槻ケンヂが語っていました。彼の書くエッセイ等に比べると、「ちょっと力の入れ方が弱いな、テンション不足の感も否めないものであるよ」と偉そうに思いながらも、毎朝楽しく読ませてもらっていました。

c0072240_1148839.gif  筋肉少女帯には、個人的に思い出があります。私が入社して、右も左も分らない時分に、手取り足取り教えてくれた先輩(男)がいました。彼は、決して声を荒立てることなく、穏やかで神様みたいな先輩でした。普段は物静かな方なのですが、新人歓迎会のとき、突然マイクを振り回しながら、件の筋肉少女帯の「元祖・高木ブー伝説」を大声で唄い叫び始めたのです。衝撃的でしたね。会社って怖いところだなあ、と再認識したものです。(注2)


 話を戻して、大槻ケンヂです。インディーズ・シーンで暗中模索しているときの思い出を語っている中で、素晴らしいことを書いていました。引用してみましょう。


朝陽に照らされた水面の美しさに驚き、この美しさを人に伝える技術を持ち得ぬ自分に落胆していた。


  芸術とは、かくも深淵な内省と自分の非力に悶える契機と成り得るものなのだ、と心を撃たれました。小説であれ、音楽であれ、あるいは、仕事であれ、そして生活さえも、自分の力足らずを認識して、地歩を固めてもがきながら進むこと。2005年の最後に、そんな真摯な気持ちが湧いてきました。

・・・と、綺麗にまとまったところで(自讃)、今年最後のエントリでした。

皆様、良いお年を。そして、来年も、どうぞよろしくお願いいたします。

(本稿以上)

(注1)
以前触れた「この道」は、一年近くの長期ロードの連載物ですが、「わが街 わが友」は十回くらいの短期決戦物です。

(注2)
その先輩とは、再会して、現在同じ部署で働いています。十年近く経っても、変わらぬ仏様みたいな温厚で、素敵な先輩です。


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by keroyaning | 2005-12-31 11:42

書評:今年も、たくさんの良い本に出会えて、嬉しかったです。

  今年もいよいよ年の瀬で、ブログなんとかランキングでは、たしか書評部門に登録していたものであるよ!と思い出したこともありまして、今回は、今年読んだ本などのコトを語ってみようと思います。つまらなかった本を紹介するのもヘンな話なので、良かった本の"ランキング"みたいなものでしょうかね。

  まずは、国内小説から選んでみました。


①服部真澄「バカラ」

②荻原浩「明日の記憶」

③大沢在昌「北の狩人」

④原尞「愚か者死すべし」

⑤戸松淳矩 「剣と薔薇の夏」


c0072240_19403752.jpg  ①は、つんのめるようにして読んだ本。ジャーナリズムを根底に語りながら、ケレンとしてバカラ賭博、というよりも「カネ」の本質を描いた小説です。この小説を読みながら、"素人"インターネット考察(尻切れトンボになってます)で、"私は、株式等の有価証券を売買するオンライン・トレードが、インターネット・ショッピングの完成形と思っていますが、この項については、別の機会に考えてみたいと思います。"と含みを持たせて、補講という形で書評を書こうと思っていましたが、辿り着けませんでした・・・。

c0072240_20531113.jpg  
  ②は、こちらで書きました。比喩ではなく泣きながら読んだ本です。涙が邪魔で、なかなか読み進むことが出来なかった本。悟りを開いたような主人公の寛容さは、私も身に付けたいなあ、と今書きながら思いました。泣きたいときに、これから何度も読み返すと思います。



c0072240_20531992.jpg  ③は、大沢在昌の「狩人」シリーズの狼煙をあげた小説です。脇役が、シリーズのミッシング・リンクなのですが、これがとても嫌なヤツで、良いヤツで、合計すると魅力溢れる人物という仕掛け。ヤクザ組織側からの人間模様もスパイスが効いていて読み応えがありました。このシリーズは、是非とも続けて欲しいものです。

c0072240_20562955.jpg  
  ④は、こちらで書いたような、書いていないようなところですが、ハードボイルド小説の魅力がテンコ盛りの小説です。2006年を迎えるにあたって、いまだ新シリーズの第二作目は世に出ていないようで、いい加減にしろ!と腹が立ってしまいますね。



c0072240_19385879.jpg  ⑤は、非常に地味な小説で、多分、売れなかった本だと思います。大変な誤解を招きかねないですが、あえて言うなら、黒船により開国した日本から、アメリカに派遣された使節団が巻き込まれる、いわば歴史ミステリ。しかし、実際は、ミステリ小説というジャンルを超えています。当時のアメリカ市民が極東日本人に対して、どのような意識を持っていたのかについて、史料を丹念に紐解いて語る歴史文化論の書物です。うーん、ちょっと上手く言えませんが、なにしろ、帰国場面の今生の別れには、グッっときます。文字でしか表現できない、という物語の可能性をたっぷり堪能できる本です(ちょっと大袈裟かな)。




  次は、海外小説&ノンフィクションを見てみましょうかね。


①レイ・ブラッドベリ「太陽の黄金の林檎」

②H.F. セイント「透明人間の告白」

③ロバート・カーソン「シャドウ・ダイバー」

④J・M・バーダマン「ミシシッピ アメリカを生んだ大河」

⑤オースン・スコット・カード「消えた少年たち」


c0072240_20564326.jpg  
  ①は、こちらで書きましたが、翻訳という作業を考えさせられた小説です。と、小難しく考えるよりも、読むが勝ち。短編小説集ですから、気の赴くままにページを手繰り、お好みの掌編を見つけるのも楽しいですよ。




c0072240_19414118.jpg  ②は、透明になった人間が、大都会マンハッタンで生きるサバイバル読本。読みながら、これはマンハッタンのロビンソン・クルーソーだな!と思いましたが、見事に本書の解説で言い当てられて、悲しいような嬉しいような気分になりました。とにかくリアル。透明人間になったら、女湯を覗こうとか、そんな生易しいものではない生活。空想力というものが、小説を創造せしめるのだ、という初心に帰るような小説です。長らく絶版が続いていましたが、新潮文庫で復刊されました。分厚い上下二冊本です。

c0072240_1939122.jpg  ③は、レック・ダイビング(沈没船に潜ること)を描いたノンフィクション。沈没船に潜るというと、金目のものを引き揚げてウハウハだけの印象がありますが(私だけかな?)、これは深い人間ドキュメントです。登場人物の生い立ちを各所で掘り下げながら、幻のUボートへのダイビング場面を活写するという両刀使いのノンフィクション。ノンフィクション物を書かせたら、悔しいけどアメリカ人には敵わないよな、とため息を吐いたものです。映画化もされるようですね。直球でいくのか?それとも世界大戦を絡めるのか?おそらくは、後者でしょうが気になるところです

c0072240_212591.jpg  ④は、こちらで書きましたね。私は、ブルース・ミュージックが大好きなので、発祥地であるミシシッピ・デルタが舞台であるだけで楽しく読めました。折りしもハリケーンが猛威をふるっていた直後に読んだので感慨深いです。元気に復興されることを祈っています。ガンバレ!


c0072240_19424882.jpg  
  ⑤は、どこかで書いたよな?と思いながら、ログを検索したところありませんでした。なにはともあれファミリー小説。力強い人間というものを実感しました。私は、子育ての経験がありませんが、将来もしかして子どもが出来たら、必ず読み返そう!と誓っています。そして、感動のラストシーン。「クリスマスとは、本来、かくあるべきものだぞ、コノヤロウ」と涙を流しながら、怒った記憶があるというのは、筆の誤りですが、暖かいクリスマス・ストーリーでもあります。


  このあと、ちょっと知的な本部門も考えたのですが、長くなったので今回はここまでにします。




c0072240_7485181.gifブログランキングに参加していたことを思い出しました
リンクをクリックしていただけると、とても嬉しい私です。よろしくお願いします。
         
     ☆☆☆人気blogランキングへ☆☆☆
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どうもありがとう御座いました!!
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by keroyaning | 2005-12-30 19:32

いらないモノ

愛は、いらない。
お金は、いらない。
タバコは、いらない。
焼酎ロックは、いらない。
他人の優しさは、いらない。
おもしろい小説は、いらない。
GUILD F-50Rは、いらない。
レイ・ブラッドベリは、いらない。
レッド・ツェッペリンは、いらない。
THE BLUE HEARTSは、いらない。
暖かい人肌やピロウトークは、いらない。

とヤケクソになりそうになるほどに、なるほどAUTLAは便利だ。




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by keroyaning | 2005-12-30 06:36

姫たちの活躍に、私も盛り上がっているような気がしますね。
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ブログマンけろやんの叫び虚しく、
浅田真央さんはトリノオリンピック代表に選ばれなかった。
選ばれたのは、村主、荒川、安藤の三者。それぞれが個性的な面々だ。

ネット世界でのアンケートの趨勢は、安藤タタキに拍車がかかっているようであります。




安藤(自称ミキティスマイル)なんて、
甘ったるい語り口をしながら、目は決して笑っていない。
むしろヤンキーみたいな睨み目でだし、そのへんドウのコウのだよ?
転んでばかりで、練習不足だろ?リンクの外で活躍しすぎじゃないのか?



というような、中傷は良くないと思う。
彼女には、秘儀「四回転ジャンプ」という大技がある。
それをトリノで、披露して、是非とも世間の人々を見下ろして欲しい。

私にも苦い思い出がある。
かつて氷上のリンク上・・・ではないが、
汚い部屋の小さいテレビ前に鎮座ましまして、
高橋"Qちゃん"尚子のオリンピック落選の報を受けた。

「だあほう!!」

と思い、関連連盟に罵詈雑言を心中で叫んだものだ。
その結果は、どうか?野口さんが、金メダルの栄冠を手にした。
そのときの私は、「正直、すまんかった」と心から思ったものである。

その苦く甘い記憶があるからこそ、
荒川、村主、安藤の三人の姫々にはがんばって欲しいと思う。

ガンバレ!
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by keroyaning | 2005-12-27 20:19

クリスマイブに刺身を喰らい、クリスマデイには鍋を喰ってる。笑えよ。

c0072240_14275652.gifサンタさんって本当に居るんですね!!

「一人で寂しそうだしプレゼントをあげるよ、どうぞ!」
っていう感じで、電子ピアノが"どーん"と送られてきました。



というのは、冗談で、サンタさんではない友達から電子ピアノをいただきました。




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クリスマスに小指の骨を折りそうになりながら、一所懸命に組み立てて、設置しました。
圧倒的に迫力があります。



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今まで一人ぼっちで寂しかった、ギターくんも肩を寄せて喜んでいます。



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  ピアノにはやっぱりショパンですよねえ!と思ったので、エチュードの楽譜を飾ってみました。といってもこれは、急ごしらえなので、クラシック・ギター用の楽譜です・・・。
  
  今度、楽譜屋さんで、ピアノ譜面を手に入れてきましょうかね?なんて、ノンキにエラぶる前に弾けるようにならなくちゃいけませんね^^。小学生の姪っ子くんに、簡単な曲を教えてもらおうと思います。



どうもありがとうございました。大切に使わせてもらいます。
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by keroyaning | 2005-12-25 14:15

残念なこと

はてなダイアリー
というブログ・サービサーを利用して、
日記をさらし者にしている独りぼっちの私なのですが、
はてなダイアリーキーワードへのヒット率がとても低いことが残念です。
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by keroyaning | 2005-12-25 11:03

ブログ脳の作り方:「出て行こうかなあ。そうだ出て行こう」

  ゲーム脳は怖い。

「ゲーム脳」型の人間になると、大脳皮質の前頭前野の活動レベルが低下し、この部位が司る意欲や情動の抑制の機能が働かなくなって、思考活動が衰えるという。

                  ~フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


  字面を追うだに恐ろしい。

  しかし、人間は言葉を怖がり、忌避するようなヤワで清廉な生き物ではない。貪欲が進化の源泉である。たとえば、凶悪な事件が起こった時に、専門家は、動機以前の精神分析にテレビゲームの影響をリンクする。すなわち人間心理の闇という不可知なるものを置き換え可能な抽象ワードでカテゴライズするという作業である。思考停止の打破。理由付けという麻酔薬。
  
  また、知的議論において、禁忌される"レッテルを貼る"という行為も根を同じくする。根も葉も判ずることが出来ない事象に対峙して、人は曖昧模糊とした不安に怯える。インテリジェントなジェントルマンは、怯懦な敗北を潔しとしない。故に、竹槍を担いでステルス爆撃機という不可視で超理解な存在物に、ペンキで縁取りすることで安心する。



  と、のっけから偉そうに論じているのは、ゲーム脳をWikipediaで調べたところ、あまりに恐ろしいことが書かれていることに愕然として、怖いから逃避しているからに過ぎない。




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  さて、ブログ脳である。ブログというツールが過渡期であるせいか、正面切ってネガティブに論じるブログをほとんど見かけない。だがしかし、ブログを書くブログマン万人が口にしないだけであり、彼の万人は身体の奥底から、その恐怖について実感していることは確実だ。多分。


以下、私の疾病症例を利用して、ブログマンの心を蝕む根深い病巣を分析してみよう。




◆第一期:

青雲の志を胸に秘め、錦の御旗を掲げようと考える。


  最近、ブログ、ブログってよく聞くけどなんだろな?ホームページとはチガウのかね?先進天下のアメリカ帝国では、ブログ記者なんてのが、権勢に影響を与えているらしいな。よくわからないけど、私も情報を発信してみようかね。簡単そうだしね。
  本を読むのが好きだから、書評でも書いて、世の中に問うてみよう。このジャンルは、開拓者たる先人が多くて、なんか彼らの後塵を拝するようで残念だけど、まあ、内容が優れていれば、好まざるとも評価されていくことだろうしな。ウフン。
  
  というように、実際には大した青雲もないままに、ブログの海に飛び込んでいく。




◆第二期:

アクセス数が気になる、と同時にネタの枯渇に悩む。 


  この症状は、開設して、大体一ヶ月程度で発症する。しっかりと書いているのだから、たくさんの人に読んで欲しいものだ、という悪魔がささやく幻聴に悩まされる。最初は、幻聴程度の軽症であるのだが、症状が悪化するにしたがい、「これだけ素晴らしいものを書いているというのに、見てくれる人がこんなに少ないなんて!日本社会の知性は何処へ行ってしまったのだろうか?嘆かわしいことであるよ!」なんて、パソコン前で、裸の王様フルチン状態になって、歯噛みするようになる。

  アクセス数を気にしながらも、書くべきことが沸々と頭の泉から湧き出し、それを文字化する作業が行われているのであれば、まだ救いはある。ヤッカイなのは、この第二期の症状は、ネタのストックが無くなっているという合併症を伴うことだ。開設して一ヶ月。大体、ネタは尽きている。アクセス数が少ない→ムカつく→エントリ更新不能→・・・以下ループ。
  
  かような深刻な合併症に悩み、ブログを閉鎖してしまう人間は星の数ほどいるだろう。彼らの判断の是非はともかく、彼らが幸せな人間であることは、事実である。




◆第三期:

ネタ探しに汲々とし、挙動不審になる。


  このステージは微妙だ。ブログを書く人間の精神を崩壊に導くまでに危険が内在していることは確かであるが、この症状が全てのブログマンに発症するかというと、必ずしもそうではない。
  
  そもそもブログとは、各個人の興味の表出結果である。季節の移ろい、生活の彩りを動力として、書きたいことを書く。書き殴る。すなわち、"ネタ探し"という能動的な作業は、ブログを書く(=エントリを更新する)という行為に、本来的に相容れない異質なる物である。少なくともブログマンを突き動かすエネルギーは、極めて受動的(といって悪ければ本能的)な力なのである。

  "ネタ探し"の典型例は、巷間で耳目を引いているニュースからネタを拾ってくることだ。ブログマンは、ワイドショーで切り刻まれたネタをマイ・マナイタに載せ、マイ・柳包丁をもって屋上屋を架す如く解体する。そして・・・包丁の切れ味に酔い痴れる。

  しかし、第二期の合併症に苦しむ人間にとっては、非常に虚しい作業である。なぜなら、「俺の切り口はこれだけ新鮮で斬新なのに、なぜ人々はついてこないのだろうか?俺の斬新な論に襟を正して、正座して拝聴すべきでなかろうか?(反語)」という極めて悪質な発作に襲われてしまうからだ。暗闇で動かなかった第二期の苦しみに比べて、第三期のそれは、能動的に暗中模索したが故に倍増する。歯噛みするに加えて、頭を掻き毟り懊悩悶絶することになる。




◆第四期:

マッシュ戦役。見えない敵を撃ちまくる。


  自分が見えなくなったブログマンは、トラックバックというマジックマッシュルームに手を出してしまう。見えない敵に向かって、トラックバックを撃ちまくる。さながら、両手にMP40マシンガンを携えて、敵の結界を破る戦争映画のヒーローのように。そして、かのヒーローと同じく、撃ちながらMP40のあまりな反動に耐え切れず、目を閉じてしまう

  このマッシュ作用によりブログマンは、一瞬の快楽を手に入れるであろう。アクセス数の倍増。ヤバイことやっちまったなあ、と驚き後悔するほどの大量の足跡を目にする。そして、第三期を経たブログマンは、アクセス数の増加=自論への拍手喝さい、という認知の歪みに陥穽する。

  人は欲望の生物だ。一度、溺れた快楽に粘着固執する。その後のブログマンの姿は、想像に難くない。すなわち、話題になっている事象に同調して、エントリを書き殴り、投下する。そして、果てしなきトラックバックの連射。ループ。




◆第五期:

ブログ語りに惑溺し、同調することに安寧する。


  トラックバックの美味しさに開眼したブログマン。その必然たる結果、集客力のある、いわゆる有名ブログをたびたび訪問することになる。輝くばかりのアクセス数、楽しそうに盛り上がるコメント欄。マジックマッシュで昂揚しているブログマンは、嫉妬交じりにコメント欄を荒らしたくなる衝動に駆られるかもしれない。自分の出自である2ちゃんねるを懐かしく思い出し、我知らずに暴挙に及ぶこともあろう。もしくは、ブログマンとしての自覚が、「俺は2ちゃんねらーではない、偉大なるブログマンなのだ!」と矜持を正して自制するかもしれない。

  いずれにせよ、ブログマンは一つの世界の存在に気がつく。すなわち"ブログ語り"である。マッシュ効力の低下で、再び苦痛の暗闇に迷妄しているブログマンは、一筋の光明を見出す。有名ブログは、他サイトの引用に眩しいまでに満ち溢れている。
  
  http://d.hatena.ne.jp/gatonews/20051129/1133279819
  http://t2.txt-nifty.com/news/2005/12/post_3556.html


  いや、引用が悪いというわけではない。ネットという大海原な白地図に、蜘蛛の巣を張り巡らすことが、ブログというネット・コミューン・ツールの正しい使用法であるということも承知している。問題なのは、巣を張る行為に際しての良心であり、心がけであり、動機付けである。

  まず、自らのエントリ本文で他ブログの引用を施すことで、トラックバックを確実に撃てる。トラックバック攻撃目標が、有名であればあるほど、着弾地点からの集客を期待することが期待できる。そして、場合によっては、着弾地点のブログマンが新たなエントリにおいて、自らのブログ文章を引用するかもしれない。有名ブログの本文中での引用は絶大である。神のお墨付きを得た感慨に耽るであろう。
  ここに一つのシステムが完成する。他のブログを引用する→引用元にトラックバックを撃つ→引用元からの被引用。すなわち、ブログ世界の生態系・物質循環の完成だ。

  この段階に至るに、自由な言論空間に飛び込んだ当初の青雲も霧消して、閉鎖的なムラ社会の構成員としての生活が始まる。クローズト・サークル・システムの安寧の中で、ブログマンは他者が提起するネタに、自分風味の切り口で論じて、他者の引用を待つ。いわずもがなのことであるが、ブログマンのアイデンティティは崩壊し、自分が一体なんのためにブログを書き始めたのか、いや、そもそも自分が一体何者なのかすら、忘我の果てに消え去ってしまっている。




◆第六期:

ライバル意識の萌芽と敵対心・煽動性の誕生。


  閉鎖的なムラ社会の構成員として、日々、ブログを書く生活は、ブログ生活というパラダイムにおいては、非常に快適である。ネタという食事は三食食べ放題。やるべきことは、自分がさして興味がない話題についても、なにがしかの新しい(と思われる焼き直し)論説を書き続ければよいだけ。
  
  しかし、自ら盲目的に信じる限りにおいても、新しさの創出とは既成価値の破壊と同義である。したがって、平和なブログ・ムラに暮らしていたブログマンに新たな危機の萌芽が芽生えるのも必定であろう。すなわち、「俺が叫ばなければならない」という言われなき義務感に駆られて、脊髄反射的に既出論説に対して、引き金を引きたくなる衝動に襲われるのである。

  いや、むしろ引き金を我が手に保持しているかのような仮想ジャングルを眼光煌めきながら彷徨する軍事オタクに成り切っているだけのクセして、どこか知的ジャーナリズミング・リズミカルな自分こそが、社会に対して銃口を向けて突貫しなければいけないと狂信的に妄信する精神状態に陥った状態、という方が分り易いかもしれない。
  
  怖ろしいのは、これはブログ世界の生活に限定隔離された精神状態ではないことだ。すなわち現実生活を送る上でも、例えば、新聞記事を読みながら、「ああああ!!これはなんでこんなチンケな方向から切り刻むんだよ!ちげえッテばよお!」と悶え苦しむ症状が顕在化してしまう。

  いや、この程度ならまだ社会生活を送ることが可能である。しかし、現実世界における現実の人間と会話するに際しても、対話者の言説を既成価値の代弁であると曲解して、破邪顕正することが自らの使命であると信じ込む。狂信的言論者の社会放流であり、言論テロルの蔓延である。




◆第七期:

明鏡止水・無念夢想の達観~超人の誕生


  このように、内的には自我が、外的には社会性が、崩壊していくブログマンであるが、ブログ生活においては、ようやく辿り着いた桃源郷のブログ・ムラで穏やかに暮らしている。しかし、ある時に、天啓を授かり、福音を耳にして、悟りの境地に到達する。禅的に寿ぐならば、頓悟であろうか?
  
  「もう、どうでもよくね?」という境地。ベトナムのジャングルのようなブログ世界を彷徨したブログマンは、「無」を悟る。アクセス数なんてどうでもいい。ネタなんてどうでもいい。他のムラビト・ブログマンなんてどうでもいい。

  俺は、俺のために、俺の書きたいことだけを書く。誰が読んでいようと、誰が読んでいまいと関係ない。ただ、俺だけのために書く。フォア・マイセルフ・オンリー。では、何をどのように書くのか?書きたいことを、意味不明の言葉を連ねて、ただダラダラと長文を書き殴る。誰が読もうと読むまいと関係ない。ノー・プロブレム。ブログマン・ノ・クライ。


そうだ、俺こそが真のブログマンだ。


そうだ、俺こそが神をも超えた超人だ。



そして、クリスマスイブに投下する。ブログという爆弾を・・・






メリー・クリスマス!!!






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by keroyaning | 2005-12-24 13:35

いずれの花とぞ、ともに過ごさんクリスマス。

今年のクリスマスは忙しい。

綺麗で美しいA子にするか、
容姿よりも笑わせる性格が素敵なB子にするか。



本当に迷っています。









12月25日(日)18時30分から、どちらを楽しむか。


A子:2005全日本フィギュアスケート選手権:8ch

B子:M-1グランプリ2005 :10ch




本当に迷っています。

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by keroyaning | 2005-12-23 19:14

私は日本に住んでいますよ。


  頭がボケていて、「きょうは本当に祝日23日であったッケな?」と不安に駆られて、yahoo!カレンダ-を見にいったところ、「22日の木曜日ですよ!休みじゃないよ!」と表示が叫んでいて、焦りまくって、慌てて、新聞を取りにいき確認したところ、「今日は、祝日23日ですよ!ゆっくり休んでね!」と書いてあったので、とても安心した朝。


  原因は、yahoo!カレンダーがグリニッヂ標準時間に設定されていたこと。・・・まったく人騒がせだな、ケッ。


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by keroyaning | 2005-12-23 08:50

イイワケ哲学研究:働くという行為を形而上学的に精査しました。

職業に貴賎はなく、

すべからく神聖なものである。



  と、聖人君子、イイ人ぶったことを言いたいわけではありません。職業に貴賎はなく、すべからくサボリたい時もあるということです。古今は知らざれど、少なくとも東西世界では右も左も違いがなく、極めて普遍的な真理なようで。

  東京新聞2005年12月13日(夕刊)『「9.11」後、価値観の崩壊進む米』という記事で、「奇妙な理由の欠勤者増える」という報告がなされています。奇妙な理由のいくつかを拾ってみましょう。


▲二日酔いで、車を運転できないので会社に行けない

▲牛にかまれた


この辺は、日本でも使われていそうで、共感できますね。



▲太りすぎて、作業着が着られなくなった。


これは、This is Amerikan!!って感じで微笑ましいですね。



▲神様が、朝、私を起こしてくれなかった。

▲家にいるゴーストが、昨晩、私を一睡もさせてくれなかった。


このあたりは、信仰心の篤いアメリカ人らしいと捉えるか、エキセントリックと捉えるか評価が分かれるところかな?



▲見知らぬ男が、私の靴を穴に落とし、私を傷つけようとしている。


妙にリアリティがありすぎて、怖いですね。靴を落としてから、傷つけようという周到なるアンノ-ン・マンに襲われたという妄想に襲われたのでしょうか?







c0072240_73513100.jpg  さて、今村仁司という労働哲学を研究されている高名な学者がいます。私が若かりし紅顔の学徒であった頃、今村先生の講座を受講するという僥倖に恵まれました。胸を高揚させ、頬を紅潮させて臨んだものです。ところが、三回目くらいの講義で、「こんな馬鹿学生どもを相手にしてられねえ!京都大学には、こんなヤツラいねえよ、タコクソ!」と叫んで、降壇されてしいました(伝聞)。季節は、緑が息吹く新緑の季節だったと思います。その後、梅雨、盛夏、晩秋、山眠る冬と季節は移ろえども、彼が再び登壇することはありませんでした。

  このように、労働哲学の研究者ですら、仕事をサボりたくなることがあるのです。いわんや、凡庸たる大衆の私たちが、一服の休息を求めても罰は当たらないと思ってしまうこの頃です。

  寒さ厳しい師走な年末。皆様も働きすぎには注意して、どうぞ身体をご自愛ください。




私は、クリスマスに会社で、

パソパソと仕事してそうです。 


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by keroyaning | 2005-12-22 20:24